1.2:Absence - Epi05
「事故だったら、どうしよう……」
最悪の状況を考えて、どよよーん、と亜美が落ち込みを激しくする。
「あっ、でもさ、まだ、そうだとは決まったわけじゃないし。家に帰ってみて、お兄さんが帰って来てるかどうかも、確かめてみないことには……」
「そうかな……」
「そうだよ。それで、もし、お兄さんがまだ帰ってきてなかったら――」
「帰って来てなかったら?」
「それは、その……」
「警察に、行方不明の届け出すしかないよね」
「そう、だけど……」
たった一日だけ不在している兄の心配をして、そこまで大袈裟にしていいのかどうか――キャシーにも困りものである。
「一応、家に戻って、確かめてみなよ。それから、わたしに、連絡ちょうだいよ。それで、お兄さんが帰ってきてなかったら、警察にも、連絡しようよ」
「うん、わかった……」
「そうだよ。たぶん、研究が忙しくて、寝坊しちゃったのかもしれないよ」
「そう、だといいけどさ……」
気がかりで、ものすごい心配している様子がそのまま顔に出ている亜美を見ながら、キャシーも心配して、困ったように亜美の肩を叩いてみた。
「大丈夫だよ。アーミィのお兄さんなら、きっと、家に戻ってるって」
なんとも、真実味に欠ける励ましではあったが、亜美が一応、うん……と、頷くので、バス通りで、キャシーは、がんばれよっ――と、亜美に手を振りながら、亜美の後ろ姿を見送っていたのだった。
待っても、待っても、兄の晃一からの連絡はこない。
もう、何度も、何度も、電話をかけて、留守電にもメッセージを残しているのに、兄の晃一からの連絡がなかった。
「お兄ちゃん……」
これは、兄の晃一の身になにか起きたに違いないのだ。連絡なしに、行方も判らないなど、あの兄の晃一がするはずがない。
事故だろうか……。
怪我をして、動けないのだろうか。それとも、病院に運ばれて、連絡もできないほどに動けない状態になっているのだろうか……。
考えたくない状況ばっかりが思い浮かんできて、亜美の心配で、気が狂いそうになりそうだった。
「コウイチ・サトウの妹、アミ・サトウ――」
あの若いセールスマンは、何者なのだろうか。
兄だけではなく、亜美の名前までも口に出して、用件がある――など、ただの男であるはずがない。
ただの用件であるはずがない。
用件があるというのなら、それなら、その用件を聞かせてもらおうではないか。
兄の晃一に連絡が取れないなら、亜美の方からその連絡先を見つけ出してやる。
「――自宅に帰宅後、家の照明が消えたままだ」
「本人の確認は?」
淡々と、あまり機微のない口調が、電話の向こうから返ってくる。
「家には戻ってきている」
「そのままコンタクトをつけるように、との指示です」
「――了解」
電話を切った若い金髪の男は、昨日の惨劇を思い出しながら、またも嫌そうに顔をしかめていた。
あの少女が家に戻ってくるなり、ずっと、家の照明は消えたままである。
隣近所でも家の明かりがつき始め、辺りが暗くなってきて、通りの街灯も
あの少女が家から外に出た形跡はないのに、なぜ、家の照明もつけず、真っ暗な室内に篭っているのだろうか。
何かあったとは考えにくいが、任務上、その確認もせざるを得ない。
青年が、スッと、影から身を潜め、目的の家の庭に駆け込んで行った。
「そう。やっぱり、入ってきたのね」
亜美は全く驚いた様子もなく、暗闇の中で、ジッと、その静かな視線を真っすぐに向けていた。
気配もなく、部屋の中に入ってきた侵入者。
暗がりの室内で、テーブルの上にある亜美の小さなパームパソコンの画面だけが、ぼんやりと青白く光っていた。
ドアの所で立っている侵入者を、亜美は慎重に観察していた。
しつこいセールスマンどころか、こうやって他人の家に侵入してくるほどの腕まである。
家に忍び込んで来た男が、もう、完全にただの男でもない事実に、嫌な予感は本当に当たるものだ……と、つくづく、そこで自分の勘を恨まずにはいられない亜美だった。
「ありがたく思いなさいよね。警報装置だって、解除してやったんだから」
亜美に用件があるのなら、あの
今なら、誰だって、簡単に家に忍び込んでこれるだろうから。
だが、家中の鍵がかかっているドアを簡単に開けて、本気で家の中に忍び込んでくるなど、やはり、ただの男ではないことが証明された。
まだ、若い、ジーンズをはいた、見た目には学生そうに見えるのに、兄の居所を知っているであろう、ただ一人の男だ。
男の方も、慎重に亜美を見ていた。
家に忍び込んだとは言え、昨日の経験があるから、男の方も、その行動一つに、細心の注意を払っていたのだ。
「お兄ちゃんはどこ」
「アミ・サトウ。信用する気はないだろうが、俺は、コウイチ・サトウの妹、アミ・サトウを保護する為にここにいる」
「なんの保護よ」
「それは、俺の知る範囲ではない」
「名前も名乗らず、家には侵入してくるわ、随分な礼儀じゃない。それで、私が信用して、一緒についていくとでも思ってるの? お兄ちゃんはどこ」
「それも、俺の知る範囲ではない」
「ああ、そう。だったら、何を知ってるのよ」
「アミ・サトウを保護し、安全な場所に連れて行くこと」
「どうして、そこが安全だって言えるの?」
「安全だから」
「そう」
話もならない相手と会話も続けても、最初から全く無駄なのだ。
「私が言うことを聞かなかったら、力づくで連れ去る?」
「そうならないことを、期待している」
淡々と、表情も変えずに、そんな物騒なことを口にして、なんとも思わないようである。
「もう一度だけ聞くけど、お兄ちゃんはどこ? 私だって本気なんだから、二度目はないわよ」
サッと、男の視線が一瞬だけ周囲に向けられた。
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読んでいただき、ありがとうございます。
Diolch am ddarllen y llyfr hwn
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