1.2:Absence - Epi06

 昨日の悲惨な経験があるせいか、また、何かの仕掛けが飛んでくるか――と、その立っている姿勢が警戒する。


「お兄ちゃんはどこ?」

「俺の知る範囲じゃない」


「そう。知ってることを話さないで、聞かれてることも話さないで、超胡散うさん臭いと思わない?」

「信用していないのは十分に承知しているが――」


「当たり前じゃない。知らない人間には話をしてもダメだし、勝手についていっちゃダメなんだから。お兄ちゃんがいつも言ってるわ。特に――素性の知れない男には要注意、ってね」


 亜美は、自分のパソコンのキーボードを一つ押した。


 ハッと、男が身構えかけるが――いきなり、ジャッーと、上から何かが降り落ちてきたのだ。


「またかっ――!」


 男が片手で自分の頭をかばいながら、すぐに横に飛び跳ねて行く――が、両足を取られ、男が驚いたように足元を見下ろしていた。


「甘く見るんじゃないわよ。何度も同じ手を食わすとでも思ったの? あんなもの、序の口にすぎないんだから」


 上に気を取られている隙に、男の靴が床から出た鉄輪に繋がれていたのだ。


 ザザッ――!!

 ガシャンッ――!!


 一気に天井から降り落ちてきた――重い鉄鎖てつぐさりの塊が男の全身を捕らえ、てつ格子ごうしの中に閉じ込められたのではないのに、男が両手で鎖を押し返してみるが、全くビクともしなかった。


「ロック、オン」


 また、亜美がキーボードを押した。


 ガツン、ガチャンっ――と、足元で床に落ちている鉄鎖の先が、そのまま床にロックされてしまった。


 それを見下ろして確認した男は、思いっきり嫌そうに顔をしかめる。


「いい加減にしてくれっ」

「後悔したって、二度目はやってこないものなのよね。人生に、いつも二度目がある――なんて、楽観的に考えているから、そうなるのよ」


 亜美は淡々とそれを話し、自分のパソコンの蓋を閉じていた。そして、座っていた椅子から立ち上がる。


「じゃあね。選択肢を間違えた自分の過失に、悔やんでればいいわ」


 ガシャ、ガシャ――と、男が鎖を押し返してみるが、一向に、鎖は動かない。


 鎖のチェーンがつらなっているだけなのに、男の頭からおおいつくしている鎖の輪は、重力でぶら下がっている感じでもない。


 そして、掴んでいる鉄鎖から微かに感じる微動音と微震。電磁石でも流れているのだろうか。


「結構、頭も切れるんじゃない」

「いい加減にしてくれ」


「侵入者の末路は、いつも決まってるのよ」

「一人で行動するんじゃない」


 動き出しかけた亜美に向かって、男が鋭く叫んでいた。


 それで、亜美が首だけを回す。


「なんで? お兄ちゃんがいないのに、なんで、私に危険が及ぶわけ? それとも――お兄ちゃんが誘拐されたから、私をつかまえて、おとりに使ったら役に立つ――なんてことはないわよね」


 男は無表情だったが、その眉間が微かに揺れたのを、亜美は暗闇の中でも見逃さなかった。


 スッと、亜美はその男を残して、部屋の外に出て行ってしまった。


「くそっ――!」


 ガシャッ、ガシャッと、鎖を動かしてみるが、一向に動く気配がない。上に引っ張っても、床でしっかりとロックされていて、上にも持ち上げられない。


「くそっ――!」


 男は忌々いまいましげにそれを吐き捨てながら、ジャケットの上着の内ポケットから、スッと、自分の携帯電話を取り出していた。


「コントロール」

「アミ・サトウを見失った」

「見失った?」


 それを聞き返した相手が、すぐに電話をホールドにしていた。なんの音もない、シーンとした沈黙だけが返される。


「見失った? 一体、何をしている」


 低い、落ち着いた口調で、それでも、失態を犯した男を冷たく責めることも忘れない響きで、新たに電話に出てきた相手から応答が返ってきた。


「それは、どうもすいませんでしたね。高校生のガキを拾ってくるだけだ、という指令しか受けてないんで、まさか、家に近寄っただけで、攻撃はされるわ、家に入ったら入ったで、鉄格子てつごうしの中に閉じ込められるわ。そんな状況は予定に入っていなかったんでね」


 男が早口で一気にそれを叩きつけていた。


 昨日からひどい目に遭わされている憤懣ふんまんもあって、謝罪していようが、全くその心が入っていない苛立った口調だった。


 一瞬、電話の向こうで沈黙が下りていた。


「――あのサトウの家だ。その程度の仕掛けがあることなど、予想できたはずだ」


 シーンと、今度は鉄格子てつごうしの中に閉じ込められている男の方が、無言だった。


 簡単に言ってくれるが、理不尽な扱いを受けている立場にでもなってみろ――と、言ってやりたいものだ。


「ここから出られない。何とかしてくれ」


 それにも、また奇妙な沈黙が下りていた。


「――逃げ出せないのか?」

「そんなことができるなら、恥を忍んで、こんなことを公表してるか」


 恥の問題どころではなくて、早々と、この場を抜け出さなければ、警察が確認に来た場合、昨夜のように交わすことなどできはしない。


 後で、散々、同僚達にバカにされようが、ある意味、この状態も切羽詰ったものなのだ。


「ヘルパーを寄越す。次の指示があるまで、待機していろ」


 返事をする気もなくて、男はそこで電話を勝手に切っていた。


「ふざけやがって――!」


 ガシャ、ガシャ――と、何度、動かしても、まったく動じない鉄格子てつごうしに閉じ込められるなど。


 それも、たかが一般の民家でだ!


「くそっ、あのマッド・サイエンティストめ――!」


 ここにいないあの男に文句を言っても始まらないが、男の憤懣ふんまんだって、ピークに達していたのだった。





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読んでいただき、ありがとうございます。

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