2.3:Aftermath - Epi28

 バックパックの下の部分が、全部、食料だとしても、かなりの量を詰め込み、あの重さから言っても、缶詰の携帯食も必ず入っているはずである。


 道理で、亜美を発見した時に、亜美を担ぎ上げる重さが並みの重さではなかったはずである。


 大きなバックパック一杯にガラクタが詰め込まれていて、おまけに、非常食の携帯食を、ビッシリ詰め込んでいたのだから。


 亜美の洋服を脱ぎ取った時に、妙なものが亜美の両肩に張ってあって、クインはそれが不思議だった。

 一介の女子高生が、軍隊でもなく、何10キロもあるバックパックを担ぎ慣れているはずはない。


 あれだけの重さのバッグをしょい上げているのなら、重さで肩がこすれて使い物にならなくなっても、不思議はなかった。


 そうなる前に、肌がこすれるのをふせいだのか、亜美の両肩には奇妙な四角いパットが張られていたのだ。


 兄を探す為に、その兄が消え去った場所に行く――などと豪語して、無理矢理、勝手に、クインを連れて家を飛び出した亜美だ。


 役にも立たない素人がでしゃばって、と傍迷惑をもろに受けているクインは、最初から亜美の移動は賛成ではないし、一緒に行動もしたくないし、荷物になる邪魔な存在だけでしかなかった。


 だが、その亜美は、状況もなにも知らないのに、クインに指示されたわけでもなく、何があっても対応できるように、用意周到でアラスカまでやって来ていたのだった。


 お遊びじゃない、と何度もクインに言いつけられても、



「わかってるよ」



飄々ひょうひょうと返事を返す亜美に、クインだって、その石頭を殴りつけてやろうか、と何度も思ったことである。


 だが、居場所だけを知らされて、あまりに簡潔な説明を聞いても、亜美は着替えもあり、携帯食もあり、非常用の医療キットも持ち歩いている。


 その部分だけは、一応、褒めてやってもいいのかもしれない。


「お水もあるよ。なにしろ、周り中が雪だらけだから、お水に困ることないわよね」


 雪をすくっては手袋を濡らし、クインに怒られていた亜美は、保温性の水筒に雪を詰め込んでいたらしい。


 アメリカの空港でのセキュリティーチェックが厳しいから、水の持ち込みも禁止であるし、液体はなんでも検査されてしまう。


 シャカシャカと、まだ半分凍ったままの水筒の中身を振りながら、亜美が水筒をクインに差し出す。

 その口を少し開けて、クインも簡単に水を飲んでいた。


「なんで、両親の記憶がないんだ?」

「ずっと前に亡くなったから」

「いつ?」


「私が小さい時よ。それで、その後から、ずっとお兄ちゃんが私の面倒をみてくれたの。自分だってまだ若いのに、いきなり子持ちになったのに、文句も言わず、私を育ててくれたの」


 兄妹二人きりで残されたから、その大事な兄が行方不明になり、心配している妹が、兄を探し出したい気持ちは理解できるが、兄の行方不明はただの事件ではないのである。


 テロリストが関わってるであろう危険性が大で、くだらないことに首を突っ込んだ亜美の方だって、いつその命が狙われるか判ったものではない。


「ねえ、このテントが使えなくなったら、次はどうするの? 泊まる場所がなくなっちゃった……」


 まさか、このまま兄を探さずに引き返す――などと言われてしまったら、亜美にはどうしようもできなくなってしまう。


 心配しているであろうその表情を隠さず、クインを真剣に見返している亜美を見やりながら、クインも嫌々に次の言葉を出していた。


「ロシアに飛ぶ」

「ロシア? なんで? そこに、お兄ちゃんがいるの?」


「その可能性がでてきた。昨夜、叩き潰した研究所のリストから、ロシアでも、かなり重要人物としてマークされている奴らの名前が挙がった。サトウがあの場を探っていたのなら、ロシアにいる可能性が強い。あの場にはいなかった」


「こんな辺鄙へんぴな奥まった場所で、ひっそり、秘密に作られた研究所以外は何もなくて、テロリストだって、毎回、毎回、こんな場所で徘徊はいかいなんてできないわよね。寒過ぎて、行動してられないもの」


「そうだ」

「お兄ちゃんがつかまってるの?」


「それは、判らない。あんたにも説明した通り、サトウの定期連絡が途切れてから、『非常事態』 宣言がされるまで、ある程度の時間はある。エージェントもその状況によっては、定期連絡をつけられないこともあるから」


「その――『非常事態』 になるまでの時間は、どのくらい?」

「一応、半日はある。その後、居場所の確認がされるが――」


「お兄ちゃんは見つからなかったんでしょう? だから、あなたが飛ばされて、私を回収しにきたんだから」

「そう」


 口うるさい女の割に、クインが説明することを、全部、信用して、おまけに、兄の裏の仕事の話を一切知らない本人だが、理解がかなり早い少女でもあった。


 口うるさくぶつぶつ言っているのに、それと同時に、いつも、真剣にクインの話を理解しようとしているようだった。


 亜美は、自分の知らない未知の世界の話だろうが、いつでも、どこでも、その頭をフル回転させて――いるような感じの少女だったのだ。


「ロシアに連れていってくれるの?」

「連れていかないと言ったら、大人しく家に帰るか?」

「もちろん、それはない」


 即答である。全く、躊躇ためらいもない言葉だ。


「状況が判ってるのか? 雪崩なだれは――余計だったが、ロシアに行けば、今度は、ただの未遂で済まされないかもしれない」


「それが何だって言うの? お兄ちゃんがいない時点で、私だって、生きてなんかいけない。家に残ったって、ロシアに飛んだって、同じことじゃない。どこにいようが、お兄ちゃんがいないんなら、私だって死んだも同然よ」


 そこまでの覚悟を決めて、たった一人の兄の行方を探し出そうとする亜美の意気込みも、ある意味で賞賛ものではある。

 かなり無謀であり過ぎるのは、当たっているのが。


 はあ……と、疲れたようにクインが溜息ためいきをついていた。


「俺の指示には絶対に従うように」

「うん、わかってる」


「単独行動はするな。どんな状況になろうと、兄貴を見つけたからと言って、勝手に行動するのは許さない。俺達が相手にしてるのは、そこらの素人の誘拐目的じゃない。あんたが無駄に行動する度に、俺の命が削られる。それを、しっかりと頭に叩き込んでおくんだな」


「わかってるよ。大丈夫。あなたの言うことは、ちゃんと聞くから。私は、テロリストと戦う為に、お兄ちゃんを探すんじゃないもん。正義の味方でもなんでもないんだから」


「それを、忘れないことだな」





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読んでいただき、ありがとうございます。

Waad ku mahadsantahay inaad aqrisay qoraalkaan

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