2.3:Aftermath - Epi27

 ポイッ、ポイッと、クインが洋服を亜美に放り投げて寄越し、亜美は寒いながらに手を伸ばして、全部、寝袋の中にしまいこんだ。


 亜美が寝袋の中で着替えをしている間、クインは昨夜残しておいたガスコンロの火を止めた。

 非常時であった為、本当に仕方なく、テント内でガスコンロをつけっぱなしにしておいたのだ。

 その代償は、やはり、払わないといけないようだった。


 クインが指でテントの幕を触ってみると、ベタベタに湿った湿気がしずくになりそうである。


「――少しだけ、暖かいのね。寝袋から出たら、あまりの寒さに、また凍死するのかと思ったから」


 着替えを終えて寝袋から少しだけ体を出した亜美が、不思議そうにテントの中を見渡している。

 自動折りたたみのテントなので、二人が入っても、やっとというほどの小さなテントだ。


「この――匂い……、ガスなの?」

「そう。非常事態だから仕方がない。だが、テントは次には使えない」

「一酸化炭素中毒にならなかったのね」

「ガスの気圧は、テントの下から吐き出すようにしてある」


 へえ、と亜美が素直に感心している。


「あのね――」

「なんだよ」

「助けてくれて、ありがとう。命を救ってくれたから」


 すでにガス缶を半分以上使い切ってしまったので、缶を取り外しにかかっていたクインが、ふっと、後ろを振り返った。


雪崩なだれの下に閉じ込められて、生き埋めになってるのに、掘り起こしてくれたって――どうやって、やったの? ショベルだってないのに、大変だったんだから、だから、ありがとう。助けてくれなかったら、今……生きて、なかったもの。お兄ちゃんにも会えないままだったわ……」


「あれは、俺も予定外だった。まさか、あんたを残してきた場所で、爆発の影響がでて、雪崩なだれが起こるなど予想もしていなかった」


「うん……、驚いちゃった」

「まあ、無事でなによりだ」


「うん……。だから、ありがとう。あの状態で、テントを作って、コンロのガスを外に出して、それで、私の着替えを済ませて、あっためてもくれたし。見かけに寄らず、すごい機敏なのね」


 大した褒め方でもなく、いい形容のされ方でもなく、クインはちょっと口端を曲げるだけだ。


「だが、あんたの胸を触って、エッチに、変態に、痴漢ちかんに――卑劣男? ロクデナシ、で」

「そうよ。乙女の胸を触るなんて、言語道断の行いじゃない」


 あからさまに断言する亜美だ。

 言い返しても、いちいちうるさい亜美なので、それ以上は、クインも必要以上に刺激をしないでおくのだ。


「ねえ、誰が、下品だ、って言ったの?」

「さあ」

「ロクデナシなの?」


 思いつく限りの罵倒ばとうを吐き捨てた亜美だったが、その言葉はクインが口に出すまで、亜美自身が言った言葉じゃない。


「さあな」

「なんで?」

「ロクデナシの親から生まれたガキは、ロクデナシだろうが」


 ふん、と鼻を鳴らしたようにクインが、冷たく言い捨てていた。


「両親がロクデナシなの?」

「さあな」


「でも、両親がロクデナシだからって、その子供が、必ずロクデナシに生まれてくるってことには、限らないと思うけど。要は、あなたの性格の問題よね。その性格が悪いから、シツケがなってないのよ。両親のせいじゃないわ、きっと」


 ギロッと、クインが嫌そうに亜美を睨め付け返す。


 その視線を受け取ろうが、亜美は全く気にした様子もない。


「何も知らないガキが、よく言ってくれるじゃないか」


「私はまだだけど、でも、人を見る目くらいは、ある程度あるもんね。私の両親の記憶は、もう、ほとんどなくなっちゃったけど、お兄ちゃんは、普通の両親だったよ、って言ってたわ。その普通の両親から生まれたお兄ちゃんは、超いい男!」


 お料理、裁縫、掃除、洗濯、なんでもできて、それで、頭が良くて、優しくて、強くて、世界で一番カッコイイお兄ちゃんなんだから。


「だから、両親が普通だって、お兄ちゃんみたいにカッコイイお兄ちゃんが生まれてくるし、ロクデナシの両親がいたって、性格の悪くない子供は生まれてくるでしょう?」


 激しく論点がずれた亜美の説明は、さすがのクインでも理解不能だった。

 おまけに、恥ずかしげもなく、のうのうと、自分の兄のことを自慢しまくりなど、あまりなブラコン振りに、言葉なし。


 クインの顔が引きつりそうだ。


「ねえ、ガス――使い過ぎちゃった? もう、きっと、残り少ないでしょう?」

「まあな」

「だったら、暖めなくても、食べられるご飯があるよ」


 亜美が四つんばいで、クインがまだ手にしている自分のバックパックに手を伸ばすようにした。


 大きな四角いバックパックの下の部分にはチャックがついていて、その部分だけが別に外れるようになっているのだ。


 亜美はチャックをグルリと外し、それで、四角いバッグの中身を開けるようにする。

 中から、2~3個、密封パックを取り出して、クインに差し出した。


「携帯食なの。お腹空なかすかない?」


 自分の分も取り出した亜美が、さっさと密封パックを開け広げ、あむあむと、スナックのような塊を食べ始めていた。


 クインも封を開け、簡単に口に入れていく。


「これ、どこで手に入れた?」

「お兄ちゃんが、知り合いの人からもらってきたんだって」


 亜美が差し出してきた真空パックは、軍隊で配給されている携帯食だった。クイン達が使っている“組織”の携帯食とは、また違っている。





~・~・~・~・~・~・~・~・

新年を迎え、今年もどうぞよろしくお願いします。亜美のど根性で、大好きな兄の救出劇、まだまだ続きます!


読んでいただき、ありがとうございます。

Bu romanı okuduğunuz için teşekkür ederiz

~・~・~・~・~・~・~・~・

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