Part 2.4:To Russia

2.4:To Russia - Epi29

 ロシアに行く。



 って、口で言うほど簡単じゃない。


 なにしろ、今の亜美は、人っ子一人見当たらない、深い雪山に囲まれて、完全に人界から隔離された場所にいるのだから。


 おまけに、雪崩なだれに遭って、この場所に向かってやって来た元の道は、すでに新雪で埋もれに埋もれてしまった状態でもある。


 行方不明になってしまった兄の晃一の行方を捜すことが簡単ではないと、腹をくくって家を出たはいいものの、初っ端から、すでに物理的な邪魔が入って、困難を極める状態である。


 雪崩の下で埋もれた亜美を救ってくれたクインは、自分の携帯電話で“組織”と連絡を取り合っているようだが、こんな雪に埋もれた山奥で、電波も通っていないのに、なぜかは知らないが、クインは電話で話し込んでいる。


 亜美を救出した際に使ってしまったテントは、中が湿って、べちゃ濡れなので、廃棄処分だ。それで、クインもテントの後片づけさえしないようだった。


 クインが自分の携帯電話で話している間、暇な亜美は、さっきから、自分の携帯電話の電波が届くかどうか確認中だ。でも、全然、そんな気配は見られない。


 ということは、またも、クインの言いつけだけを聞いて、目くらまし状態で動かなければならないらしい。


 もう、ここまで来たら、兄の晃一を探し出すまで亜美は諦めないのだから、ある程度の情報提供くらいしてくれてもいいものなのに。


 なんだか、また、プンプンと腹が立ってきてしまった。


「いつまで待つの?」


 クインが電話の会話を終えたらしく、その背中を横目で見やりながら、ぶっきらぼうに亜美がそれを聞いてみた。


「迎えが来る」

「え……? 迎えが来るの?」

「そう」

「どう、やって? こんな人里離れた、山奥に? 雪崩なだれだって起きて、山の下に降りれなくなっちゃじゃない」

「だから、迎えが来る」


 へえ、それだけですか。

 その説明が、ですか。


 他に、説明の仕様がないんですかね? 素人だろうと、状況を理解しないで動き回ったら危険なのに、その危険を判っていて、状況説明を省くなんて、職務怠慢じゃないの?


 言いたい文句は山程ある。あり過ぎる。


 それで、文句を言う代わりに、亜美が剣呑な目を向けて、クインをじーっと睨みつけている。

 そんなきつい視線を受け取っても、クインは亜美に半分背を向けて、亜美を無視。


 一回、あの頭を、ポカっと殴りつけたら、どんなにすっきりすることだろうか。


 でも、そんなことをしたら、亜美に怒ったクインが発狂して、絶対に、亜美をこの場所に置き去りにするか、迎えがきても、そのまま直行でシカゴに送り返してくることだろう。


 兄の晃一の心配で心配で、気が気がでない亜美を前にして、随分とストレスレベルを上げてくれるクインだ。


 そうこうしているうちに、真っ白な雪山のど真ん中で立ち往生している亜美の頭上で、なんだかものすごい騒音が近づいてきた気配だった。


 つい、上空を見上げると、亜美の見間違いなんかじゃなくて、大きなエアクラフトらしき物体が、亜美達のいる場所に向かって飛んできているのだ。


「あれ……って、ヘリコプター?」

「そう」


 おぉぉ……と、つい、亜美だってそんな感心めいた呟きを漏らすところだった。


 バラバラ、バラバラと、音一つしない雪山の一角を大きなヘリコプターが飛んできている。その形も、映画なんかでは見たことがあるが、実際に、目の前で見たのは、亜美だって今日が初めてだ。


 大きなヘリコプターのボディの上には、前後にあるダブルブレードのプロペラ。人命救助とかに使用されたビデオなんかも、見たことがあるような大型輸送ヘリコプターなんだろうか。


 こんな山奥の、雪だけで埋もれている場所に、ヘリコプターなどやって来れたらしい。


 それなら、なぜ、最初からヘリコプターで、ここら近辺まで乗せてきてくれなかったのだろうか。山の麓付近で下ろされてから、腰まで埋もれそうな雪山をかいくぐって、必死で山登りをした亜美だ。


 あんな苦労をしてたどり着いた場所には、意味不明なキャビンが一つ。テロリストの隠れ家、だったらしいけど。


 それで、胸内で、一人、自問自答している亜美は、判り切った事実を思い出していた。


 


 そうそう。クインは、アンチ・テロリストを掲げる“組織”のエージェントだった、ということを。

 兄の晃一の行方を捜す傍ら、テロリストの隠れ家も見つけ、見つけた場合、テロリストの存在確認も、クインの任務の一つのはず。


 だから、クインと亜美は、雪の中をかいくぐって、仕方なく山登りをするしか方法がなかったという事実を思い出していた。


 忘れていたのではないが、思いもよらないハプニングに見舞われ、雪崩なだれの下敷きになり、パニックはするは、恐怖で思考力はマヒするは、夜も朝も関係ない時間で、疲労は出てきているは。


 もう、理由は色々だ。

 ただ、思考力が落ちているどころではない。


 パンっ――


 亜美は、手袋を履いたままの手で、思いっきり、自分の頬を叩いていた。


「なんだよ」


 その行動が不審で、クインだってそのままの表情を顔に出している。


「気合よ、気合。気合を入れてるの。次は、ロシアなんだから」

「勝手に動き回るなよ」

「判ってるよ。そうやって、約束したじゃない」


 何度も繰り返さなくたって、亜美は幼稚園児でもあるまいに。


 亜美達のいる場所の上空で、ヘリコプターが旋回しているだけで、下降してくる気配がなかった。


 さすがに、降下してきても、着陸する場所がない。新雪だらけで、ヘリコプターなど降下してきたら、そこら中の雪を飛ばして、辺り一面、雪だらけになってしまうことだろう。


 最悪には……またも雪崩なだれを起こしかねない……。





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