2.4:To Russia - Epi30

 嫌な記憶を思い出して、心配げに上空を見上げている亜美の前で、ヘリコプターのドアが開き、そこから――黒い戦闘服らしき恰好をした数人が、ロープを垂らし、ヘリから飛び降りて来たのだ。



(あっ……、救出作業なのね……)



 映画のワンシーンを見ているかのように、他人行儀にその光景を見上げている亜美は、自分が救出作業の対象だという事実を、頭に入れていない。


 未だに、自分がいる現状が災害地で、その災害の被害者だ、という事実も忘れている――というか、頭に入っていなかったのだ。


 なにしろ、シカゴを経ってからと言うもの、目くらまし状態で、緊張しっぱなし。それでも、必死にパニックしないように自分を落ち着かせてきた亜美は、一息ついて、頭の整理をする時間も、暇も、猶予もなかった。


 だから、立て続きに起きた事件やハプニングでも、まだ、その状況に理解がおいついていなかったのだ。


 呆けたように、ロープから降りてくる数人を見上げている亜美の横に、クインがやってきた。


「おい、荷物を寄越せ」

「え……? でも、これは、私のだから」


 その返答を聞いて、クインがものすごい嫌そうな顔をしてみせる。


「誰も、荷物を置き去りにして行く、なんて言ってないだろうが。荷物は、別の奴が持っていく」

「ああ、そうなの……。そんなに、怒らなくてもいいじゃない。状況整理するのだって、私には時間がかかるのよ。パニックしたり、悲鳴を上げたり、もう、忙しかったんだから……」


 ぶつぶつと、嫌そうに文句を言うことを忘れない亜美に、クインの眉間が嫌そうに揺れている。


 ロープから下りて来た救助隊のメンバーは、亜美の視界には入っているが、雪のある地面までは下りて来なかった。


「荷物を貸せ」

「うん……」


 重くて、大きなバックパックを肩から外し、クインに渡してみる。

 クインはその荷物を担ぎ上げることもなく、すぐに、自分の横に投げ捨てていた。


「1、2、3で持ち上げるから、抵抗するなよ」

「えっ……?!」

「1、2、3」


 でも、亜美は、うんともすんとも返事をしていないんですけど?


 だが、亜美が反論する前に、クインが亜美の腰を持って、そのまま持ち上げたのだ。


「うわっ……!」


 まさか、この年になって、幼児を持ち上げる大人でもあるまいし、クインは亜美の腰を持ち上げている状態だ。そして、亜美は空中で宙ぶらりん、である。


「両手をゆっくりとまっすぐ上に上げて」


 真っ黒なヘルメットを被り、真っ黒なゴーグルをした、これまた真っ黒なコンバットスーツを着込んでいるような救助員が、亜美に指示を出す。


 指示通り、仕方なく、亜美も両腕を上げてみた。


 ループを掴みながら安定感を保っていた救助員がその手を離し、ロープから吊り下げられたまま反転して、前から亜美を抱え込むように腕を回して来た。


「そのまま背中に腕を回して、しっかりとしがみついて」

「はい……」


 そうなると、亜美と救助員はしっかりと抱き合っているような光景だ。

 ロープがゆっくりと巻き上げられていき、亜美の体がさらに高く宙に浮いていく。


 今、この瞬間、風がなくて(超) 幸いである。


 強風なんかで吹き飛ばされたら、救助作業だって元も子もないだろう。


 ちらっと、下の方に目を移してみると、クインももう一人の救助員に抱えられて、上空に上がって来るようだった。


 そして、3人目の救助員の腕の中には、亜美とクインのバックパックが抱えられている。


 それを確認して、ちょっとだけ、ホッとした亜美だ(なにも、クインの言葉を疑っていたわけではないし……)。


 大きなヘリコプターの中は座席がなくて、そのスペースだけが閑散としていた。――というより、必要物資や道具以外には、無駄なものが置いてなかった。


 ドアを閉め、全てが落ち着いた状態になってから、亜美は用意された毛布の上で座るように勧められた。もちろん、亜美に反対はない。


 あまりに現実離れした状況を経験して、それが止まる様子も気配もなくて、これからの任務も――きっと……更に、苦難が予想されそうで、無駄に抵抗することなく、亜美は毛布の上に座り、もう一枚もらった毛布を、ちょっと自分の体の上にかけてみた。


 その隣に腰を下ろしたクインが、メモ帳のようなものを亜美に寄越す。


 なんだろう? と不思議そうに、メモ帳を覗き込んだ亜美の視界には、そのメモ帳になにかのメッセージが書いてあるのが見て取れた。



“このままアンカレッジまで飛ぶ。それまで、寝てろ”



 あれ?


 それって、アラスカの国際空港があった場所ではないだろうか。

 と言うことは、前回と違って、今回は列車に乗らず、空港までヘリコプターで直行するようである。


 メモ帳に刺さっているボールペンを取って、亜美はクインからメモ帳を取り上げていた。



“どのくらいかかるの?”

“2時間弱”



 ヘリコプターの中では、インカム用のヘルメットやヘッドフォンをしていない二人は、話しをするなら、互いに叫び合わなければならないし、そうしても、ヘリコプターの騒音で音がかき消されてしまう。


 それで、クインがメモ帳を寄越してきたのだろうが、簡単な会話は、メモ帳の方が遥かに楽なものだ。

 その答えは簡単に返って来て、睡眠時間を計算できた亜美は、膝を抱えるようにして、居眠りすることにした。



 体力温存。

 思考力低下はダメ!

 そして、気合と根性以外にも、身体的疲労が重なり過ぎては使い物にならない。



 今の所、それを亜美のモットーとして、これからも兄の晃一探しに奮闘しなくてはいけない。

 お兄ちゃんを見つけ出すまで、絶対に諦めない。もう、前進あるのみ!





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ነዛ ልቢ ወለድ እዚኣ ስለ ዘንበብኩምላ አመስግነኩም

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