2.4:To Russia - Epi33
「あんた、しっかり食事を取るんだな」
「当然じゃない」
「まあ、それだけ図太いなら、ぶっ倒れることもないだろうけど」
特別、クインが意識して口にした言葉ではなかったのだろう。ただ、ふと思いついたことを口にした、そんな感じだった。
「………………」
亜美は何も言わず、ただ無言で自分の食事を続け、全部を食べ終えていた。
「あなたって、性格が悪いだけじゃなくて、鈍感だし、ひとの気持ちとか、情緒とかって、全然、わかんない人でしょう? デリカシーに欠けてる――ってやつね。そんなんじゃ、彼女にもすぐ飽きられるわよ。顔だけで女が寄ってくるんだろうけど、長続きなんてしないんだから」
黙って食事を終えたと思えば、終わるとすぐに、うるさい小言である。
ギロッと、クインは亜美を睨み付ける。
亜美はその剣呑な視線を無視して、ナプキンできれいに口の周りを拭き取っていく。
「お兄ちゃんが心配なのは、当然でしょう? 心配で、心配で、心配で、夜だって眠れないわ。こうしてる間にも、お兄ちゃんの命が……危ないかもしれない……。こうしている間にも、お兄ちゃんが――ひどい目にあってるかもしれない……って、心配で、身が張り裂けそうよ」
亜美の心臓が鷲掴みにされ、震えあがりそうなほどに心配している。
「でも、だから、なに? それを私があなたに話したら、あなたは、今すぐお兄ちゃんを探し当ててくれるの? 見つけ出してくれるの? 助けてくれるの? できないじゃない。心配してるって泣き崩れたら、あなたがどうにかしてくれるの? だから、してないだけでしょう」
ナプキンをテーブルに置き直した亜美が、キッと、その眉を揺らし、微かな驚きをみせているクインを、嫌そうに睨み返す。
「眠れなかったら、寝不足で、次の日には動けない。食べなかったら、お
思ってもみないことを亜美に叩きつけられ、クインは、そこで素直にただ謝っていた。
「済まない。あんたがサトウを心配してるのは、知っている」
あまりにあっさりと自分の非を認められたので、亜美は、パッと、ただうつむいていた。
今、泣いている状況でも、なんでもないのだ。
感情的になって、亜美が心配している
本当に、やるせなさそうに、ぎゅっと、亜美は目をつむっていた。
「いいよ、別に……。――別に、お兄ちゃん以外の人に、私の気持ちなんか判ってもらう必要なんてないもん……。お兄ちゃんが、いつもちゃんと判ってくれるから」
晃一はスーパーマンで、クインは鈍感で最低男、と言いたいのだろう。
亜美はそんなつもりで言ったのではなかったが、クインは、はあ……と、
「あんたがサトウを心配しているのは判ってる。それで、無理矢理、俺を巻き込んだほどだ。現状を把握してるのなら、いちいち、思い出させる必要もなくなってくる。手間が省けるだけだ」
「わかってるわよ……。――だから、今日は何するの?」
「変装」
その一言で、うつむいていた亜美が顔を上げた。
「準備は整っている。着替えて来いよ」
「あの大きな紙袋?」
「そう」
亜美は椅子から立ち上がって、早速、入り口側に積まれているたくさんの紙袋に駆け寄っていった。
仮眠から目を覚ました亜美は、ドア側に置かれている荷物を見て、一体なにかしら?――と、不思議に思ったものだが、それは亜美の変装道具だったらしい。
変装など一度もしたことがないだけに、ゴソゴソと紙袋の中身をちょっと確かめている亜美は、少々、ワクワクしながら、自分の分の荷物を全部取り上げていた。
その荷物を以て、亜美が
その亜美がバスルームで着替えをし始めだしている頃、クインも自分の食事を終えていた。
椅子から立ち上がり、クイン自身の着替えをする前に、クインは亜美が言った一言を、つい考えていた。
泣いたからと言って状況が変わるのか――と、吐き捨てたあの言葉を、つい、思い返してしまっていた。
そう言えば、クインが亜美に関わってからというもの、亜美は一度も、兄の晃一のことで、涙を見せたことがない。
強気なことを言って、本部の上層部を丸め込むし、自分が死にそうになったショック以外は、大して動じた様子も見せないままだ。
それが、実は、無理矢理にでもしている、亜美の必死の努力だったとは、クインも全く考えもしなかったのだ。
口うるさいから、うるさいヤツだと、つい、クイン自身も扱っていた傾向があったのは、クインも認める。
クイン自身が気乗りしない任務を引き受けただけに、そのお荷物の亜美が邪魔であるのは間違いなく、それで、そうした風に扱ってしまっていたのかもしれない。
その嫌がらせと嫌味を受けながらも、亜美はクインに文句を言ってこなかった。
未知の場所で、クインだけが亜美に残された、たった一つの手段だ――と、亜美が誰よりも一番に理解していたから。
はあ……と、クインは面倒臭そうに溜め息をこぼしていた。
口うるさくて、生意気な女で、どうにもならないハチャメチャなヤツだ――と考えられるうちは、そう扱っていればいいだけだから、簡単なのである。
これが、情緒だの、乙女の心情だの、クインには、全く以って、面倒なものを押し付けてもらったものである。
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