3.1:Kidnapping - Epi40

「危ないこと、するの……?」

「今はしない」



 いや……、その返答は、あまりに不穏過ぎるでしょう……。

 、と言うことは、、っていう意味ですか……?

 それとも、これからする、っていう意味ですか……?



 嫌な質問だけが頭に浮かんで来て、亜美の不安を更に搔き立てる。


「じゃあ……、バスルームに、行ってくる……」


 一応、バスルームのありそうな場所を指さしてみせるが、クインは頷いただけで、スッと、すぐにその場を立ち去ってしまっていた。


 一人きりで取り残されて、不安だけを残していったようなクインの背中を見送り、亜美は仕方なくバスルームへと向かっていった。


 ただ、この時――


 一人きりになったその亜美の陰で、怪しい気配が近づいていたなど、今の亜美とクインの二人には、全く知る由もなし。





 一応、おトイレも済まし、お化粧の確認もした亜美は、鏡と睨めっこしていても、あまりに奇妙に見られてしまうので、次の移動を余儀なくされる。


 いつまでもトイレに閉じこもっているわけにもいかない……。


 でも、クインなしで、一人きりでテーブルに戻ったとしても、することもなし。話す相手もいない。ロシア語なんて判らない。


 テーブルの場所で、携帯をいじくっているのも、なんだか周囲の雰囲気に遭わず、場違いな感じがして、躊躇われてしまう。


 そうなると、今の亜美には、あまり選択肢が残されていなかった。

 バッグの中の時計を確認してみても、あと20分近くも休憩時間が続く。


「長い休憩ね……」


 シアターの演劇や、ショーなどでは、10分から15分のトイレ休憩があるが、それは、本当にトイレに行って、ドリンクなどを一つ買ってこれるだけの時間だ。


 30分休憩というのは、結構、長い休憩に入る。


 まあ、お金持ちが集まっているようなパーティーだから、小休憩だってのんびりゆったりとできるようになっているのかもしれなかった。


 困ったことに、このままバスルームにい続けてしまうと、その亜美の存在自体が目立ってしまうだろう。


 本当に仕方なく、溜息ためいきをこぼしながら、亜美はバスルームから出ていた。


 廊下を歩きながら、チラッと、バーの方に視線を向けてみると、ゲスト達がシャンペンを飲みながら、賑やかに会話をしている。

 ビュッフェの方でも、賑わっている。


 お腹は空いていない。でも、時間を潰す為に、亜美もビュッフェの方でスナックでも取って来るできだろうか。


 トボトボと、特別、やる気のあるような動きではなかったが、ビュッフェの方に向かい出した亜美のすぐ目の前に、何か――大きな手が迫ってきた。


「――なっ……!」


 声を上げる前に、亜美の口が塞がれていた。


 そして、抵抗する暇も与えず、亜美の体は勝手に向きを変えさせられ、誰か――知らない男の体の前で、がんじがらめにされてしまったのだ。


「――――!!」


 亜美の全身が、危機感で危険信号を上げていた。叫んでいた。


 だが、亜美の口を押さえつけるように押し当てられたハンカチが邪魔で、叫びをあげることもできない。


 そして――亜美の意識が朦朧としてきて、立っていられない……。



(――なに、これ……? クロロホルム……?!)



 その思考が終わる前に、亜美はその場で完全に意識を失っていた。


 ダランと崩れ落ちそうになる亜美の体は、誰かにしっかりと支えられている。タキシードを着た二人組の男が亜美の両脇を挟み、亜美を抱えるようにして動き出す。


 体格も偉丈夫で、ただのお金持ちになど到底見えない男二人組が、亜美を抱えたまま、誰にも目撃されず、その場を立ち去っていく。





 クインは亜美と別れた足で、そのまま足早に階段を降り、1階に下りてきていた。


 1階でショーを観覧していてゲスト達は、バーの前に集まり、ドリンクを交わし合って、雑談している。


 今夜はかなりの招待客がいるので、クイン一人くらいが会場内をうろついても、ほとんど目立つことはない。


 ゆっくりとした動作でホール内や廊下を歩くクインは、誰とも目を合わせないように微かにうつむき加減で、それで、気配を殺した静かな動きは、誰の目に留まることもなかった。


 クインの目的人物は、バーにやって来ている。


 数人の団体に囲まれ、シャンペンを片手に、賑やかな会話で盛り上がっているようだった。

 ラディミル・ソロヴィノフは、比較的、背が高い方だったので、見つける際も苦にならない。


 ウェーターからシャンペンを受け取って、壁際で一人、シャンペンを飲んでいるようなクインの眼差しは、ラディミル・ソロヴィノフをしっかりと捕えている。


 こんなゲストが大勢集まった場で、何かを企てるような馬鹿ではないが、テロリスト活動が目的なら、そんな馬鹿げた話はいつでもどこでも有り得ることだ。


 今の所、ラディミル・ソロヴィノフは怪しい素振りを見せていないが、警戒に越したことはない。


 慎重に、ラディミル・ソロヴィノフを見張っているクインの視界の前で、ラディミル・ソロヴィノフの注意が、一瞬、削がれていた。


 ラディミル・ソロヴィノフの視線の先を、クインも咄嗟に確認してみる。

 そこには、タキシードを着た、かなり偉丈夫な男が何も言わず、ただ静かに控えていたのだ。






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