1.3:Premonition - Epi09

 亜美の家の前に立って、また、変な攻撃がされないか――と、非常に慎重になっているエージェントの身にもなってみろ、と言いつけたいところだ。


「それ誰? どうして、私が見知りもしない人間を、あなたが送りつけてきた迎えだって判るの?」

「彼に、身分証明書の提供を促してください。彼の名前は、クイン・マッケンジー」

「どんな顔?」


 大した興味があるのでもないのに、亜美は、ただそれを会話程度に問いていた。


「身分証明書に、写真もついているはずです」

「それが偽証だったら?」


「髪の色、ブロンド。目の色、ブルー。国籍、アメリカ合衆国。身長、186.3cm。体重、81kg。年齢、21歳。氏名、クイン・マッケンジー。ミドルネームの登録はされていません。それで確認を」


 まるで、データーから出た情報を丸読みしたかのような説明を青年が出し、亜美はただ、ふうん、とそれを聞いている。


 そうしているうちに、亜美の家のベルが、ピンポーンと押された。


 インターホンの画像を自分のパソコンに移し変えていた亜美は、家のインターホンのカメラにビッタリと押し付けられている証明書を、チラッと、見下ろした。


 どうやら、何度もやって来たあの偽セールスマンが、『クイン・マッケンジー』 と言うらしい。


 一度のベルでも亜美は応答しないし、家の中からドアを開けてくるような気配もないので、証明書を押し付けたまま、外にいるエージェントもそこから動かない。


「入りたかったら、入れば?」


 それだけを告げて、男が次にどうするか、亜美も黙って観察している。


 勝手に入って来い――と言われようが、勝手に入ると、また、とんでもないことが起きるかもしれないのである。


 本当に仕方がなさそうに、エージェントが家のドアを開けて、中に進み出した。


 家中が真っ暗で、電気一つさえついていなかった。


 その暗闇の中を真っ直ぐに進んで行き、エージェントが居間のドアを開けていた。


 居間に入って行くと、ソファーに座っている亜美が、ドアから入ってきたエージェントをただ見返していた。


「あなた誰?」

「名は、クイン・マッケンジー。ここに迎えとして派遣された、と説明されているはずだが」


「そうね。でも、誰でも、偽者にせものなんか送り込めるじゃない?」

「身分証明書は見せた」

「それが本当だとは、誰も言ってないじゃない」


 淡々とそれを返す亜美を慎重に見返したまま、クインと名乗る――説明の通り、まだ若い青年は、ドアの近くから、まだ亜美に近づいてはこない。


 ここ二晩続きの騒動で、青年の方も、かなり慎重になっているのが明らかだった。


 亜美は電話口を自分の肩に押し付けながら、青年の方に首を倒してみせた。


「ねえ、慎重になってるのは、利口なことよね」

「抵抗せず、指示に従ってもらいたい」


 青年の我慢がいつまで続くことやら。


 それでも、最大限に、キレかかっているその我慢を見せて、青年は、まだ、事務的に亜美を説得するようにする。


「今夜は慎重みたいだから、一つ忠告してあげるけど、私がなぜここに座っているか判る?」


 青年は無言で返答はしないが、その全身が無意識で警戒し出していた。


「そこの居間と、あなたが立っている場所の境には、1万ボルトの特別高圧電流が流れているの。その線を越えたら、丸コゲだから」


 1万ボルトの電流を流し込むには、ここら近隣一体の電気を一気に消費して、たぶん、すぐにショートもしてしまうだろうけど、数秒もあれば十分だ。


「近所の人達は、電気が使えなくて困りどころだろうけど、数秒もあれば十分。感電死させるには、それ以下でもいいわ」


 今度は、である。


 お遊びではなくて、本気で、亜美は青年を丸コゲにして、焼き殺すつもりなのだろうか。


 ゲロッと、もろに嫌そうな顔が出そうになるのは、青年の方だった。


「嘘だと思う? 私がから脅しを言ってるって思う? それなら、試していいよ。私は、どっちでも構わないから」


 青年は難しそうに顔をしかめ、それでも、無闇矢鱈むやみやたらには動かないようだった。


「あのね、あなたが言ってる人が、今、家に来たよ」


 また、亜美が電話の会話に戻っていく。


「では、彼の指示に従ってください」

「なんで、お兄ちゃんの居場所を隠すの?」


「あなたの安全の為です?」

「それはどうも、って言いたいところだけど、私には通用しないの。私は、お兄ちゃんを探しに行くから」


「コウイチ・サトウの探索は、私達に任せてください」

「任せておいたら、一体、いつになったら、お兄ちゃんは家に戻ってくるの? もう、三日も経ってるのに、まだ連絡がないじゃない」


 どんなに探索を続けていると説得しようが、実際には、兄はまだ家に帰ってきていないのである。


 三日も経っているのに、兄を探し出せないそっちの方が無能じゃない――と、暗黙に亜美が責めている。


「なんで、身分証明書に国籍が必要なの? あなた――達、マルチインターナショナル(多国籍)――のなに? 会社じゃなくても、安全を保証する為に、わざわざ、見知らぬオニイサンを派遣までしてきて、私の居場所まで逆探知するし。やっぱり、只者じゃないんだ」


 大好きなあの兄が、試行錯誤を重ねて完成させた完璧な家に忍び込んでくるくらいだから、この目の前の青年がただの男でなかったことは、あまりに明らかである。


 それを理解した亜美は、その青年を送りつけてきた(グループなのか、組織なのかは知らないが) のも只者ではないと、すぐに判断していた。


 いくら、セキュリティー装置を解除してやったとは言え、それでも、家の外観には、普通の警報装置だって(一応) つけてある。


 その警報装置にも捕まらず、青年が勝手に忍び込んできたくらいだから、亜美は、一体、何者を相手にしているのだろうか。


 シーンと、また沈黙が返ってきた。


 亜美が話し出してからと言うもの、このシーンとした沈黙が返ってくることばかりが続いていた。





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読んでいただき、ありがとうございます。

اس ناول کو پڑھنے کے لئے آپ کا شکریہ (s nawal ko padhne ke laye op ka shukria)

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