3.2:At Last - Epi45

 兄の晃一が、本当に渋々と、嫌がりながら、亜美に教え込んだ技である。



「本来なら、こんなことをお前に教えたくはないんだ、亜美。これを使うような機会があるとも思えない。だが――一応、念の為に、お前にこれを教えておくよ。だが、絶対に、絶対に、必要のない時は使ってはいけないよ」



 念を押して、またその念を押すほどに、兄が執拗に繰り返したことである。


「でも、今は非常事態だし、緊急事態でしょう、お兄ちゃん?」


 亜美は分解したヘアドライヤーのパーツを、器用に、また組み直し始めていた。

 手際よく、何度も練習した通り、間違えずに、一つずつのパーツを亜美がはめ込んでいく。

 持っているドライバーでしっかりと留め金を留めて、外れないように、懇親の力を入れ込んでいく。


 そして、その全部のパーツを組みこめ終えた時――亜美の手の中には、手の平にスッポリと収まるほどの、小さな拳銃が握られていたのだ。


 銃弾だって、兄の晃一が改良に改良をかさねて、ヘアドライヤーのパーツの一つとして組み込んだやつだ。


 その銃弾の全部をカートリッジに詰め込んでいき、亜美はそれもしっかりと拳銃の中に押し込んでいた。


 なんとかして、この部屋から脱出しなければ、兄の晃一の元には行くことができない。

 部屋の中を、サッと、確認して、亜美は、天井からぶら下がっている洒落たシャンデリアに目をつけていた。


 ガラスが強化ガラスで、防音効果が抜群で、うるさく騒いだ亜美の叫び声さえも聞こえないのなら、ドアも完全防音されていることだろう。


 そう、本当に願いたいものだ。


 亜美は、近くにあった椅子を取り上げ、その場で思いっきり、椅子を上に向かって投げ飛ばしていた。

 シャンデリアを直撃して、ガシャン、ガシャン――と、ガラスの破片が振り落ちてくる。


「お兄ちゃん、待っててね……!」


 時間が限られているのだ。

 あの悪の根源が戻ってくる前に、この部屋から、絶対に、脱出しなければならないのだ。





 どきどきと、心臓が破裂しそうなほどに鼓動を早くしていた。


 息を殺して、ジッと、音を立てずにかがみ込んでいる亜美とは反して、そのうるさいほどに鼓動を立てている心臓の音が、外に漏れてしまいそうなほどである。


 真っ暗な暗闇で、亜美は、じっと、待っていた。


 動かず、音を立てず、気配を――殺せないので、極力、気配を出さないように、ジッと座り込んで、ただ一度のチャンスを待ち構えていたのだ。


 カーテンを全部締め切り、電気の明かりがないその部屋は、漆黒の闇を落としていた。

 闇に目が慣れ始めてきても、亜美には1m先だって、ほとんど見えない状態だ。


 それでも、チャンスはたった一度きりである。


 あの男が戻ってきた時に、あの男を襲い、開いたドアから、亜美は逃げ出さなければならないのだ。

 カチャ、カチャ――と、ドアの前で鍵のこすれるような音がして、ビクッと、亜美が飛び上がっていた。


 落ち着いて、絶対に、そのチャンスを逃してはいけないのだ。


 カチャ、カチャと、鍵がいじられたのだろうか。それから、スーっと、音もなく、ドアが少しだけ開けられていく。

 亜美は自分の手の中にある拳銃を、しっかりと握り直していた。


 スーっと、もう少しだけドアが開き、廊下の光を反射して、人影が、サッと、部屋の中に入ってきた。

 すぐにそのドアが閉められ、亜美が襲い出すチャンスもなく、ドアが閉まってしまった。


 シーンと静まり返った室内で、漆黒の闇だけが落ちているのを男が不審に思い、ライトのスイッチに手を伸ばすはずである。

 プチッ、プチッ――と、床の音を聞き、その人影の動きがすぐに止まった。


 亜美はその隙を逃さず、反対の手に握り締めているシーツを、全身全霊で引っ張り上げたのである。


「うわっ――!」


 ドシンッ――とは言わなかったが、シーツの上に乗っていることを知らない男が、亜美にシーツを引っ張られて、そのまま床に転がったはずなのである。


 バッと、亜美が立ち上がり、すぐ隣に置いておいた花瓶を持って、男に向かって亜美が振り上げた。


 ガラスは強化ガラスで、ドアは分厚い防音使用。逃げられないように、どこもかしこも鍵だらけ。

 それで、逃げ口がなく、トイレもなく、室内に閉じ込められた亜美だったが、亜美の周りには、もう、飾り物が所狭しに飾られていたのである。


 絵画もあるし、ガラスの花瓶もお洒落に飾られているし、シャンデリアもあったし、椅子だって、使いようによっては、簡単に叩き壊して、武器になるようなものばかりである。


 渾身こんしんの力を込めて、亜美は男の頭を叩きつけるように、花瓶を振り落としていた。


 ガシャンっ――!!


 高価なガラスの花瓶も、無残に砕け散った。


 だが、予期していなかったのは、花瓶を叩きつけたと思っていた亜美の前で、ガバッ――と、男が起き上がり、そのまま亜美のその腕を取って、床に押さえつけてきたのだ。


「はなし――」


 バッと、乱暴に亜美の口が塞がれた。


「声を出すな」


 聞こえるか聞こえないかの、低い声音で、男が言いつけてきた。


 緊張しっぱなしで極限まで興奮していた亜美の耳には、どんな男の声であろうと、敵だと思い込んでいるその本人の前では、全く、通じていなかったのだった。






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