3.2:At Last - Epi46
亜美は男に気付かれないように、左手を静かに上げて、暗がりの中、男の喉元に銃口を押し付けた。
その感触がして、おまけに、その行動は予想していなかったらしく、亜美を押さえつけている男が、一瞬だけ、驚いた気配が伝わってきた。
「声を出すな。俺はクインだ」
亜美の耳にだけ届くその低い声を聞いて、亜美はその場で硬直したままだった。
「銃を下ろすんだ」
「――クイン……?」
「そうだ。声を出さず、銃を下ろすんだ」
あまりにショック状態である今の亜美には、クインの指示でも理解不能だったのだ。
亜美が動けず、動かないので、クインはゆっくりと亜美の左手を、自分の顎から外すようにしていく。
何かの拍子に、亜美が反射的に指を動かすかも、わかったものではない。
クインはトリガーを指で確認しながら、セーフティーレバーもすぐに見つけていた。
亜美の左手をしっかりと床に押し付けたクインは、右手を押さえつけていた腕も離し、亜美の上から少し身を起こすようにした。
そして、床にいる亜美の肩を引っ張り上げながら、亜美を起こし出した。
「無事か?」
「――どう、して……?」
「今はその説明をしている暇はない」
暗がりで、亜美にはクインの声と、輪郭程度でしかクインが見えなかった。
それでも、クインは迷わず亜美の腕を取りながら、スッと立ち上がった。
「時間がない。今すぐ抜け出すぞ」
グイッと、亜美を引っ張って動き出したクインに、亜美は咄嗟に自分の腕を引き戻していた。
「ダメっ!」
「なにを――」
「お兄ちゃんがいるの。お兄ちゃんを助けなきゃ」
これも予想していなかったらしく、クインが亜美を振り返った。
「本当か?」
「そう。お兄ちゃんがいるの。捕獲されて――動けない、みたい……」
さっき見た、兄のひどい光景を思い出し、亜美の声音が震えていく。そして、ツーっと、その瞳から涙が流れ落ちていた。
「お兄ちゃんがいるの……。助けて……」
亜美が突然いなくなり、予定外に、ラディミル・ソロヴィノフに誘拐されたと判明して、晃一救出作戦どころか、本当に予定外に、その亜美の救出を即座に考えなければならなくなったクインだ。
あの時点で、ラディミル・ソロヴィノフがパーティー会場を抜け出したとほぼ同時に、亜美の携帯電話に忍ばせているGPSで、クインは亜美の追跡をすることができたのだ。
そのままラディミル・ソロヴィノフを追ってきて、屋敷内に連れ込まれた亜美を、クインは確認していた。
亜美の現状が早急な救出を要求しているのは、考えなくても予想されていて、それで、無謀ではあったが、仕方なく、屋敷の裏で
だが、亜美が連れ去れたその屋敷の、まさか、その場所に、探している兄の晃一がいたなど、最初の憶測がドンピシャだったのだ。
だが、今のクインでは、亜美一人を脱出させられるかどうかの深刻な状況でもあるのだ。
晃一を探し出して、亜美を連れながら屋敷を抜け出すのは、不可能なのである。
「今はできない」
低く、その一言だけだった。
亜美は、その場で立ち尽くしていた。
「この場を抜け出さなければ、俺もあんたもヤツラに捕獲され、救出どころの話じゃない。一度、ここから脱出し、策を考えなくては、無理だ」
酷なことを言っているのは百も承知で、それでも、今のこの切羽詰った状況では、クインが晃一を救出することなど不可能だということを、亜美は知らなければならないのである。
唯一の兄を探してロシアまでやって来て、その兄が目の前にいるのに、手を伸ばすこともできず、助けることもできず、あまりにひど過ぎる――と、亜美が文句を言ってくるのを、クインは予想していた。
だが、亜美の瞳から、ツーっと、涙が流れ落ちていっただけで、亜美はそこで動かなかっただけだった。
「今はできないんだ。時間がない。ヤツラが戻ってくる前に、ここを抜け出さなければ、俺もあんたも皆殺しだ」
「……お兄、ちゃんは……?」
「ここを抜け出してから、策の立て直しだ。わかるな? 時間がないんだ」
亜美は何も言わなかった。ただ、うなだれるようにうつむいて、その頬から、ポタポタと涙が流れ落ちていた。
「居場所が判明したなら、後は問題ない。必ず、助け出す」
こくっ……と、亜美は何も言わず、頷いただけだった。
そして、クインに腕を掴まれたままなのに、亜美の方が先に、スッと、動き出す。
クインが、その亜美の腕を引っ張っていた。
顔を上げない亜美の顎を上げさせ、クインの親指が亜美の頬の涙を拭っていく。
そして、クインが少し屈んで、そっと、亜美の唇にキスをしていた。
「大丈夫だ。居場所が判ったんなら、こっちのものだ。人数を集めて、必ず助け出す。だから、心配するな」
「うん……」
「よし、いい子だ」
暗がりでも、クインが少しだけ笑ったようだった。
すぐに、クインが亜美の腕を引っ張りながら動き出す。
「……私を連れて、逃げ出せられるの?」
「それ以外に方法がない」
「でも……、私が逃げ出したら、お兄ちゃんは――」
「あんたと、コウイチ・サトウの繋がりは、バレてはいない。今、逃げ出しても、別格だと扱われるだろう」
ドアを少しだけ開き、廊下を隙なく確認したクインが、亜美の腕を引っ張って、部屋の外に出ていた。
「何があっても、俺の手を離すな」
それだけを言いつけて、クインは亜美を連れて、ダッと、駆け出していた。
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Paldies, ka izlasījāt šo romānu
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