Part 3.3: An Escape

3.3:An Escape - Epi47

 はあ、はあ、はあ……と、激しく呼吸を繰り返しても、さっきとは違った意味で、あまりに激しく鼓動する心臓が、そのまま飛び出してきそうである。


 はあ、はあ、はあ……と、何度も、何度も、息を吸い込んでも、肺が痛くて、呼吸などままならないのは、亜美の気のせいではないだろう。


 全力疾走で屋敷を飛び出して、その後も、全力疾走で路地裏を駆け抜けて、それでも足りないほどに、全力疾走でどこを走ったのかもさえも知らず、雪がまだ残っている道路を走り込んでいったのだ。


 それから、クインが隠しておいた車までたどり着いたのは幸運だったのだが、即行でエンジンをかけて車を出発させたクインが、モスクワの街中を猛スピードで走り抜けていったのだ。


 コーナーがあろうと、そんなことはお構いなし。赤信号も無視して、キキィ――と、ブレーキも鳴らし、タイヤも鳴らし、ものすごい勢いで、クインはその街中を走り抜けていったのだ。


 レーサー並みの運転を披露されて、クインがハンドルを切る度に、亜美はその反動で吹っ飛ばされないように、ぶつけないようにと、しっかりとドアのハンドルにしがみついたままだったのだ。


 そうしているうちに、クインが乗っていた車を置き去りにして、また亜美の腕を引きながら、全力疾走で走り出したのである。


 どこに行くの?――と、聞く暇もないだけに、クインに引っ張られるまま、自分の限界を走りこんだ亜美は、走っている間中だって、呼吸もすることがままならない。


 息が上がって――どころではなく、きっと、あの場で、窒息状態で死んでしまうだろうな……なんて、頭の隅に浮かんできたほどに、悲惨な状態だったのだ。


 そのまま足並みも変えず、亜美はクインに引っ張られて、通り過ぎていった駅の天井を、一瞬だけ、見上げていたことを覚えている。


 そして、最終夜行列車に飛び乗った二人は、列車が発車すると同時に、飛び乗った車両の入り口に寄りかかり、今までできなかった呼吸を、必死で回復しているところなのだ。


 心臓を押さえて肩を激しく動かしている亜美の肩に、パサッと、クインの着ていたタキシードの上着がかけられた。


 ありがとう、と言うこともできないので、亜美はただ、片手だけを上げて、クインにちょっと待つように言った。


 はあ、はあ、はあ……と、何度呼吸しても、絶対に、亜美は酸欠で死んでしまうことだろう。

 なんだか、一生分を走り切った感じである。


 まだ、クインの方も肩を揺らしていたが、亜美ほどではなく、肩だけ上下に激しい呼吸を繰り返している亜美を、ただ静かに見ていた。


 はあ、はあ……と、心臓を押さえつけながら、やっと、ある程度の酸欠は回復できたような亜美は、疲れ切ったように、その場で、ズルッと、床に崩れ落ちていった。


 咄嗟に、クインが両腕を押し込んで、その亜美の脇を支えるようにして、亜美を抱きとめた。

 力が入らないので、クインの腕が亜美の胸の隣にあっても、文句は言えず。


「――一生分……走った、気分……」


 息も切れ切れに、亜美がやっとそれを吐き出していた。


「まあな。だが、しばらくは落ち着ける」

「……そ、う……」


 それは良かったことだ。

 ここでまた走らされたら、亜美は、絶対に、酸欠で死んでいることだろう。


 クインは腕で亜美を支えたまま、力が抜けている亜美の腰を半分抱き上げるようにした。

 亜美を半分抱えたような格好で、クインが乗車席側の扉を開けて、中に進んでいく。


 ポツリ、ポツリと、普通列車側に座っている客も見えたが、それほど混雑していない車両で、クインは扉のすぐ横の席に亜美と一緒に座り込んだ。


 椅子に腰を下ろすと、ドッと、さっきの疲れがでてくる感じだった。

 それで、亜美が、更に、ズルズルと椅子に埋もれていくかのように滑り落ちていく。


 こんな風に座ってしまったら、すぐには絶対に動けないよねぇ……と、一人納得して、ぐったりと亜美は後ろに寄りかかっていた。


「……これ、どこに……?」

「この列車は、ドイツに向かっている」


 ふうん、と亜美はただ納得する。


 ラディミル・ソロヴィノフの屋敷から抜け出して、大騒ぎになっていることだろうから、あのままモスクワに居続けるのは、危険であるのは当然であろう。


 そうなると、今度は国外逃亡をして、ドイツに向かうのだろうか。なんとも忙しいことで。


「そう思わせておけば、ヤツラがドイツの降車駅で見張っていたとしても、問題はない」

「じゃあ、どこ――?」


 疲れ切っている亜美は肩で呼吸しているだけに、会話も単語に変わっていたのだ。


「その前にチームを集めて、逆戻りだ」


 兄の晃一を助け出すと言った言葉は、本当だったのだ。

 それで、ツーっと、亜美の瞳から、一筋、涙が流れ落ちて行った。

 クインの腕が伸び、その涙をまたクインの親指が拭っていく。


「大丈夫だ。次で必ず救出する」

「うん……」


 クインは亜美をただ静かに見返していたが、その視線が、スッと、亜美の手に向けられた。


「どこでその銃を手に入れた?」

「敵地に乗り込むのに、素っ裸でなんて、行けないじゃない」

「どこで手に入れた?」


 亜美はその質問には答えず、ちょっとだけ嬉しそうな顔をみせた。


「やっぱり、気がつかなかったでしょう?」


 そういう問題ではないのだが、クインは亜美の手の中に握られている拳銃を見ていた。


「俺に見せてくれ」


 そんなことを言われても、動く気力がない亜美は、動く気もない。

 クインは亜美の返事を待たず、亜美が握り締めている小型の拳銃を、指からほどくようにした。


 クインの手の中にもスッポリとおさまってしまう、小型の6mm口径だ。

 威力もなく、大した距離も飛びはしない。





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