3.3:An Escape - Epi48
「左利きなのか?」
「違うよ。でも、利き腕は殴りつけるのに必要だから。それに、それは小さくて威力もないから、至近距離じゃないと、効果は得られないもの。だから、押さえつけられた時に使うなら、左手でも問題じゃないよ」
「まさか――マッド・サイエンティストが?」
「お兄ちゃんは、マッド・サイエンティストじゃないもん」
少し口を尖らせて、亜美が文句を言う。
「人を撃ったことがあるのか? お遊びで人を殺しても、笑い話にもならない。後悔しても、しきれないぜ」
「撃ったことなんかないよ。でも、死んでしまったら、お兄ちゃんだって、探せないじゃない。だから、いざって言う時は、覚悟を決めるしかないじゃない? 死んじゃったら、なんにもできないから」
「その覚悟は表彰ものだが、無謀にもほどがある」
疲れ切っている亜美は、クインのお小言をいちいち聞いてやる気力もないのだ。
そんな気分でもない。
それで、黙っている振りをして聞き流している亜美の横で、一瞬だけ、クインが自分の腕をさすっているのを目にしていた。
それで、花瓶で殴りつけたことを思い出した亜美だった。
「ごめん……。まさか、部屋に入って来たのがクインだって、知らなかったから」
「別に。まあ、狙いどころは悪くなかったようだが。俺以外のヤツだったら、あの場でノサれていただろうな」
「そこで自慢しないでよ」
少々、体力が回復し出すと、亜美は、また、口うるさい女に戻っている。
それで、嫌そうにクインが亜美を睨め付けた――が、隣に座っている亜美は、そのままズルズルと崩れ落ちていきそうな勢いで、うつろな瞳をやっと開けながら、ぼんやりと床を眺めていたのだった。
アドレナリンの副作用が急激に激減して、一気に疲労を感じている亜美は、急激な眠気に襲われているのも頷ける。
「少し眠れ。時間が来たら起こしてやるから」
うん……とは、本人は頷いたつもりだったのが、重たく伸し掛かってくる
クインが押さえてないと、亜美はそのまま床に滑り落ちて行きそうである。
亜美を少しだけ引っ張り上げてやり、クインは、亜美の頭を自分の肩に寄りかからせるようにした。
スー、スーと、疲れきった亜美は熟睡である。
思えば、無謀な計画を押し付けられて、不承不承に、仕方なく亜美を家から連れ出してから、この口うるさい女は、クインに文句を言ったことがなかった。
自分には理不尽なことをクインに命令されているであろうに、小言は必ず言っていたが、怒って怒鳴りつけてきたり、危険が迫って悲鳴を上げたり、それで、クインを責めて、困らせるようなことを、この亜美はしたことがなかったことを、改めて、クインはそこで思い出していたのだ。
兄の晃一の消息を心配しているであろうに、クインに連れられている間は、嫌々ながらもクインの言いつけを守り、一度だって、それに反したことはなかった。
絶対に動くな、と命令されれば、絶対に動かなかった。
クインの指示通り、それを文句なしで実行してきたのだ。
甘やかされて育った、世間知らずのお嬢ちゃんが余計な手間を――と、渋々、亜美の行動を承諾した本部に恨みながら、亜美を連れて行動してきたが、16才の小娘の割に、亜美は、実は、随分、ガッツのある女だったということを、クインはそこで改めて思い出していたのだった。
大事な兄の消息を探し出す為に、生き埋めにされて、殺されかけて、変な手違いで誘拐されて、おまけに、またも殺されかけたのに、亜美は逃げ出して走り回っている間も、一度として、苦しいから嫌だ――と、クインの足を止めなかった。
あの場で、時間がないんだ――と、怒鳴りつけるつもりでいたのに、その手間が省け、クインは、むしろ、追っ手を巻くことだけに専念していたほどだ。
口うるさい割には、見かけに寄らず、亜美は肝の座った女だったようだった。
自分が足手まといになると自覚しているから、一切、クインの指示に反対しなかったのだ。
文句を言っても、兄の晃一が見つけられるものじゃないと理解しているから、文句を言わなかった。そう、本人も言った言葉である。
だから、どんな状態に投げ込まれても、ただ、クインの指示通りに行動をしていたのだ。
噂に聞くマッド・サイエンティストの大事な妹は、その大事な兄を追って、自らの命を省みず、テロリストの
兄妹だろうと、なかなかできる芸当ではないだろう。
眠っている顔は、まだまだ無邪気な少女の顔である。
まさか、マッド・サイエンティストが、亜美に拳銃を持たせていたなど、クインとて考えもしなかったことだ。
それも、改造拳銃、など。
暴発して、大事な妹にケガでもさせたら――ということを、考えもしなかったのだろうか。
クインが助けにやってくる前に、すでに、亜美はたった一人で脱出作戦まで考えて、罠を張っていたなど、本当に、亜美は見かけによらず、かなり頭の切れる少女だった。
利き腕で殴りつけても、押さえつけられた場面を想像して、左手に拳銃を握り締めていた。
これが、ただの一介の高校生の少女でなければ、きっと、いいエージェントになったことだろうに。
そんなことを考えながら、クインは、着ているベストの胸ポケットから、自分の携帯電話を取り上げていた。
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