2.1:To Alaska - Epi18

 12月のアラスカと言えば、すでに真冬に突入している。シカゴだって、気温が零下に下がり出し、寒い季節ではあるが、アラスカはその上を行く。


 雪も積もっている上に、朝から凍えそうなほどのマイナス気温だ。


 1日に8時間程度しか日が当たらず、午後を過ぎると、すぐに周囲は薄暗くなり始めてしまうほどだ。


 列車の時刻表では、お昼近くに目的の駅に到着する予定らしいから、それから、車の移動とセスナで――夕方近くにはなってしまわないのだろうか?


 そうなると、すでに日は落ち、周囲は暗くなっているはずだ。


 暗がりの山登り。それも、雪道。大自然に囲まれて……。


 もう、亜美の行く先には苦難が待ち受けているのは、疑いようもなかった。


 快適とも言える(暇ではあったが) 列車の旅を終え、次は車に乗り込んだ。


 真っ黒の4WDだ。もう、この手の車にも、黒ずくめにも、すでに慣れてしまった亜美だ。


 クインは雪道の運転でも問題はないようで、かなり慣れた様子で、軽快に車を運転していた。


 周囲の形式は自然が溢れ出していて、森に囲まれ、雪に囲まれ、段々と人里離れた僻地に進んでいる。


 兄の晃一が心配で、心配で溜まらない。でも、待ち受ける(大自然の) 困難な状況を想像してしまって、その心配も止まない。


 それで、ダブルで精神的なストレスが上がってきてしまっている。心理的にも自分で追い詰めてしまって、握ったままの手が緊張したままだ。


 初めて来た場所であり、これから何に遭遇するか判らない不安が上がって来ても仕方がないのかもしれないが、列車に乗っている間も、妙に落ち着かなくて、きっと、亜美の血圧や脈拍が上がり出していても、不思議ではなかった。


 車を運転しているクインは、全くそんな素振りがない。ナーバスになっている様子もない。


 こういった移動や、人命救助などの仕事には慣れているから、本人は普段と変わらないのだろうか。


 でも、そういう状況に慣れてしまう環境って、亜美には、過酷じゃないのかな……と思ってしまう。


 きっと、テロリストを相手にして戦う仕事なんて、亜美が想像する以上の過酷な仕事になるのだろう。


 大好きな兄の晃一が、そんな、過酷な仕事を引き受けるエージェントだったなんて、亜美には想像がつかないものだ……。


 亜美には内緒にしていた仕事なのかもしれないが、亜美は、大好きな晃一が決めたことなら、反対などしないのに……。


 人里離れた場所には、セスナが停まっている。


 セスナだけは、真っ黒ではなかった。隣に立っている年配の男は、皆でお揃いのジャケットを着込んでいる。黒の皮手袋をして、黒のズボンに、黒のブーツ。


 どこから見ても、黒ずくめだ。


 実は、亜美は、セスナに乗り込むのは、今日が初めてである。


 シートベルトをしっかりと締めて、ヘッドフォンもつけ、飛び立っていく地上を見下ろしながら、ついつい、両手を握りしめる。


 曇り空だが、雪が降って来そうな気配は、まだない。


 どうか、無事に飛び続けますように。到着しますように。

 もう、なんでも祈りたい気分だ。


 山の中に入って来てから、亜美の携帯で見ていた〇ーグルマップは、電波が届かなくなり始めていた。


 だから、今の現在地を確認しても、亜美の居場所がどこなのか、どこに向かっているのか、ほとんど定かではなくなってしまって。


 クインは、目的地を知っているようだから、そこに行くまでマップなどいらないのかもしれない。でも、普通なら、移動中に自分の場所を確認するものじゃないのだろうか?


 答えもなく質問が溜まり過ぎるから、亜美の頭には余計な懸念だけが上がって、更に不安になってしまうのだ。


 答えを知らず、見つけられないから、自分自身で余計な憶測を立ててしまうのだ。疑心暗鬼にかられたら、前も見て歩けないじゃないか。


 それは、本末転倒だ。


「えーっと……。聞こえてますか?」


 ヘッドフォンにはマイクロフォンがついていたので、一応、亜美もそのマイクロフォンに向かって大声を出してみた。


「なんだ」


 ちゃんと聞こえていたらしい。これは、ラッキーである。


「これからどこに向かうの? 今は周囲に誰もいないんだから、目的地の場所とかの話をしたって、問題じゃないじゃない。いい加減、無視し続けないでよね。心配ばかりが上がって、精神的にも、心理的にもよくないのよ。ストレスで気が狂ってしまったら、どうするの?」


 沈黙だ。


 だが、この沈黙は、亜美が口うるさい奴だ、とクインの暗黙の文句なのは、亜美だって気づいている。


「アラスカ山脈」

「それは、判ったわよ。山の名前とかって、ないの?」


「Mt. Deborah & Hess」

「それ――は、二つの山じゃないの?」

「その中間辺りに、最初の足を伸ばしてみる」


 では、最終目的地ではないらしい。


 よく判らない返答に、亜美も不思議そうに首を傾げてしまう。


「……あんまり、地上での道を見つけられないけど、雪が積もっているから、まさか、雪の中を掘りながら歩いていく、とか……?」


「それはないが。ないとも、言い切れない」

「言えないの?」


 嘘でしょうっ……?!


 だが、その驚きに対して、返答はない。嘘ではないらしい。


 兄の晃一は、一体、どんな危険で、困難な仕事に取り掛かっていたのだろうか。


 亜美の先行き不安は、ただの心配事ではなくなってきてしまった。





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読んでいただき、ありがとうございます。

ཁྱེད་ཀྱིས་བརྩམས་སྒྲུང་འདི་བཀླགས་པར་ཐུགས་རྗེ་ཆེ་ཞུ

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