3.3:An Escape - Epi50

 くっと、クインが肩を揺らし、


痴漢ちかんじゃないのか? それとも、ヘンタイだったか?」

「どっちもだよね。だから、後ろ向いて?」


 亜美に言いつけられて、男は嫌そうに顔をしかめたまま、ふいっと、後ろを向いた。

 じぃっと、亜美の視線が、残りの男達にも向けられる。

 それで、なんだか、その場の全員が嫌そうに眉間を寄せたが、仕方なさそうに後ろを向いていく。


 それを確認して、亜美はこの寒空の下、新たな着替えをすべく、ほぼ半裸状態でドレスを脱ぎ捨てていたのだ。


「うぅ……、寒いわ。アラスカも極寒で、ロシアも寒かったけど、ここも寒いのね……」


 ひゅーと、亜美の体を突き抜ける冷風が、骨まで凍えさせていきそうである。


 新たにもらった着替えは、黒い長袖のハイネックに、黒のパンツだ。なぜかは知らないが、横に置いてあるのは、きっと、亜美のブーツになるのだろう。


 随分、用意周到で、なんでも揃っているものだ。


 見た目と違って、実際に着た感じの着替えは、随分、体に密着するものだった。

 ピッタリとかいうのではなく、なんだか、伸び縮みがしない感じなのだ。

 これも、一応、戦闘服なのだろうか。


 必死で、亜美が自分の袖を引っ張り下ろそうと格闘している間、スッと、腕が伸びてきて、驚いた亜美が顔を上げると、自分の着替えをさっさと終えたクインが、亜美の着ているトップの袖口を引っ張り下ろしたのだ。


「着替えの途中なんだけど」

「素っ裸がお披露目できなくて、残念だな」


 その素っ裸を勝手に見た男は、どこのどいつだ!

 剣呑な目を向ける亜美を無視して、クインがブーツを亜美に押し付けてきた。


「こっちのドレスとかは、どうするの?」

「そこらに投げておけ」


 ふうんと、亜美は言われた通り、ドレスのかたまりをポイッと投げ捨てた。


 もらったブーツも履き終わり、一応、さっきの格好よりは、多少の暖が取れそうだったが、ヒュー、ヒュールリ~と、亜美を通り過ぎている冬の冷風には、体が縮みあがりそうである。


「モスクワでは、おちおち作戦を開いていられないだろう。状況説明をしてくれ」


 ジョンがクインを呼びつけて、それで、そこらの男達もジョンの回りに集まって行った。


「ラディミル・ソロヴィノフの屋敷のどこかに、サトウが監禁されている。捕獲されてから、かなりの時間も経っているが、それ以上に、かなりの深手を負っているようでもある。移動は困難だ。次の国外逃亡は、無理がある。すぐに追っ手に足をつかまれるだろう」


「仕方がない。サトウを保護次第、二派に別れる必要があるかもしれない」

「チョッパーは?」

「それはない」

「やっぱり」


 国際問題でもなく、捕獲された仲間を救出する作戦なだけに、極秘に動かなければならないのだ。公に、チョッパーでも派遣したものなら、すぐに、メディアに叩かれて、大騒ぎになってしまうことだろう。


「居場所を確認してないのか?」

「Nil」


 その短い一言を聞いて、ジョンも、少々、眉間を寄せている。


「サテライトの映像だけでは、時間が稼げない」

「わかっている――」

「お兄ちゃんは、あの屋敷の右側にいる」


 パッと、男達が亜美を振り返った。


 亜美を無視して、難しい話なのか、簡潔な説明なのか――をし出した男達の後ろで、亜美はそこに立っていた。


 北風にさらされて、自分の体を抱きかかえるようにして、亜美は立っていた。


「お兄ちゃんは、あの部屋から右側の屋敷の一角にいる。しるしを残してきたから、同じ窓でも、あの部屋は絶対に判るよ。あの部屋から、右側だから」


 思ってもみないことを話されて、ジョンが更に眉間を寄せた。


「どういうことだ?」


 クインはそれには答えず、サッと、立ち上がり、亜美がいる場所に戻ってきた。


「どこだ? 見せてみろ」


 亜美は、両腕で自分を抱きしめているようなまま、動かない。

 クインは亜美を無視して、亜美の手を勝手に取り上げた。


 右手ではない。

 左手の手の平を返すと、小指の一角が深く切れていた。

 今は血が止まっていたが、流れ落ちた血が、手の平一杯にこびりついている。


「大丈夫。アマゾンとかジャングルじゃないから、極寒では、化膿しにくいんでしょう?」


 そう説明したクインだったが、その言葉をそのまま聞かされても、おもしろい顔をしない。


「ナイフはどこだ?」

「やっぱり、気がつかなかった?」


 また、ちょっと嬉しそうな顔をする亜美を、キッと、クインが睨み付けていた。


「そういう問題じゃないだろっ」

「でも、見つからなかったじゃない。誰にも、ね」

「どういうことだ」


 静かに二人の会話を割って入ってきたジョンが、気がついたら、亜美のすぐ隣にやってきていた。


 気配を殺して近づくのは、この男達の十八番おはこなのかしら――などと、亜美も、つい、感心してしまう。


 クインは、スッと、手を上げてみせ、その指の中で、クルクルと亜美の拳銃を回してみせた。

 その小型の拳銃を見て、ジョンが亜美を振り返る。


「――サトウが?」

「だって、敵地に乗り込むのに、素っ裸でなんて行けないじゃない」

「そういう問題じゃないだろ。ナイフはどこだ?」


 べぇ、と亜美が舌を出して、全く教える気はないようだった。

 ムッと、クインの眉間が揺れる。


「武器を所有しているのか? それはどこだ?」


 ジョンまでも、亜美を訊問する気らしい。





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