2.1:To Alaska - Epi16

「これを着ろ」


 自分のジャケットを着終わったクインが、車に近寄ってきた亜美の前で、またもお揃いの真っ黒のジャケットを手渡してきた。


 そのジャケットを見下ろし、また、亜美の視線がクインの顔に戻っていく。


「凍死したいなら、勝手にすればいい」


 むかっと、一瞬、亜美の眉だって揺れてしまう。


 説明なしで、ただジャケットを手渡してくる奴が、一体、どこにいるって言うのだ。


 亜美だって、アラスカにやってくると知った場で、寒くならないように、暖かい下着を着込み、保温性のあるシャツやセーターを着こみ、スキー用のジャケットだって着込んで来た。


 だが、なぜかは知らないが、亜美のジャケットまで用意されているのだ。


 それならそうと、なぜ、クインは、最初から亜美にその事実を話さなかったのだろうか。


 亜美のジャケットが支給されるのなら、冬物のコートだけで着てきて、スキー用のジャケットは家に置いてきたものなのに。


 邪魔な荷物になるじゃないか。


「私のジャケットはどうするの?」

「後で送り返す」


 ああ、そうですか――と白けた様子も隠さず、亜美は自分の背負っているバックパックを下ろし、スキージャケットを脱ぎ出した。


 零下になっている外では、ジャケットを脱いだだけで、すぐにヒンヤリとした冷気が襲ってくる。


「あぁ、寒いのね……」


 アラスカの天気を確認してきたとは言え、実際に、その天候に触れると、寒さが一段と増している感じだ。


 支給されたジャケットは、見かけによらず、結構、軽いものだった。でも、襟までしっかりとチャックがあり、着心地は良い。温かさもある。


 へぇ……、すごいのね――との亜美の独白は口に出されない。


「荷物をこっちに」

「はあ……」


 新手の男がトランクを開けたので、亜美は大きくて嵩張かさばるバックパックをトランクの中に押し込めた。


 亜美は後部座席に乗るように指示されて、クインは助手席に乗り込んでいく。

 すぐに車が動き出していた。


 空港付近は、まだ、車の移動があって、それなりに明るさや動きが見られたが、道路を運転してく先は、路面に立っている電灯でんとうあかりだけがぼんやりと周囲を照らし、あとは暗闇が続く。


 今夜、いやいや、もう今朝になっているが、宿泊先はモーテルらしき場所だった。


 でも、車から降りたクインは、運転していた男からカギをもらい、2~3なにかの言葉を交わして、それだけだった。


「こっちだ」

「はあ、そうですか」


 これをすれ、あれをすれ、それだけの命令ばかりが続くが、今は疲れているので、亜美はクインの後を追うだけだ。


 すでに亜美達のルームは予約され、用意されているようで、受付にも行く必要がないらしい。


 それで、ドアを開けて部屋に一歩進むと、ちゃんと暖房が入っていて、外の気温とは全く違う暖かさが頬をかすめて、亜美も、ほぅっ……と、安心したような息を漏らしていた。


「仮眠は3時間程。ベッドで寝ていい」

「はあ、そうですか」


 部屋に入るとすぐ置かれているダブルベッドが一つ。小さなキッチンに、バスルームが部屋の奥の方。

 ただそれだけの簡素な部屋だ。


 でも、今の亜美は、クインの態度に腹も立てているし、不満もあるし、文句も言いたいので、クインがどこで寝るのかなど、聞いたりしない。


 失礼な態度に、失礼な態度で返しても、失礼にならないはずだ。


 兄の晃一は、



「失礼にならないように、礼儀正しく行動することは、好感も持てるし、自分の品位を落とさない行為だよ」



とは、そうやって亜美にしつけしてくれたが、今は例外である。


 ベッドに潜り込んだ亜美の視界の端では、クインが端にあるカウチソファーベッドを作っているのが見えた。


 どうやら、失礼な男ではあるが、ベッドは亜美に譲ってくれたらしい。


 亜美は、ついに、アラスカにやってきた。この地のどこかに、大切な兄の晃一がいるかもしれないのだ。


 まだ生きているはずなのだ……。


 心配だけが先だって、懸念が消せなくて、こんな風に眠っている状況ではないはずなのだ。

 でも、睡眠不足で亜美が動けなくなるなんて、言語道断だ。


 何の為に、アラスカくんだり、やって来たというのか。


 ぎゅっと、きつく目を瞑り、羊を数えようが、雲を数えようが、なんでもいい。リラックスの呼吸法だって、心を落ち着かせるようにと瞑想めいそうだって、なんでもいい。


 要は、眠りに落ちればいいのだから――



* * *



 外は冬景色。

 雪に埋もれていない場所もあれば、雪に覆われて白い雪景色が広がる大地。


 亜美は窓側に肘をついて、ただただ、ぼんやりと外を眺めていた。


 仮眠を終えて、(叩き) 起こされた亜美の前には、またも、なぜかは知らないが、サンドイッチと飲み物が用意されていた。


 一体、いつ、どこで、このサンドイッチが運ばれてきたのか、亜美は全くその記憶がない。


 亜美が眠りに落ちた時に、こっそりと、誰かが運んできたというのだろうか?

 それとも、クインが初めから用意していたのだろうか?


 質問をしたいのに、その衝動を抑えて質問をしないなんて、なんて、ストレスの溜まる行為なのだろう。





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読んでいただき、ありがとうございます。

Fakamalo atu ʻi hoʻo lau e talanoa ko ʻeni

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