1.1:Ami Satou - Epi02

「ちょっとねぇ、諦めが肝心、って言う言葉を知らないの?」


 ストーカーまがいのセールスマンが来たなんて、なんと、今夜はついていないのだろう。

 兄の晃一がいたならば、あんな奴、即座に叩きだしてくれるのに。


 だが、兄はまだ帰宅していない。


「あぁん、どうして肝心な時に、お兄ちゃんはいないのぉ? 若い少女を一人きりにして、変な男が押し入ってきたらどうするのよぉ」


 くすん、くすん、と途方に暮れてつい泣き出してしまう――なんて、話があったら、大間違いっ。


「この亜美サマをめるんじゃないわよ。大体、お兄ちゃんがまだ帰ってきてないからって、いい気になるんじゃないわよ」


 若い女が一人切りだからと言って、甘くみてもらっては、この亜美サマの面子めんつが立たないというのもの。


 亜美はズカズカとキッチンから出ていって、インターホンの隣の壁をトンと押し返した。

 スーッと、パネルが開いて、中にはたくさんのボタンが装置されている。


「ふふふん、しつこい男は嫌われるのよ。諦めが肝心、って思い知るのね」


 プチッと、たくさんあるボタンの一つを亜美が押した。


 インターホンのカメラの画面からは、うるさいセールスマンの頭の上に、ザバーッ――と、いきなり大水が降りかかってきた。


「――げぇっ、なんだよこれっ!?」


 頭からベチョ濡れになった男を見やりながら、亜美の口元が満足そうに上がっていく。


「ふふふん。お次はどう?」


 プチッと、また亜美がボタンを押した。


 ザバーッ――!!


 またも、大水が降りかかってくる。


「――ふざけんなよっ! いい加減にしろ――」


 咄嗟だったが、今回は、その若い男は後ろに飛び跳ねて、水をよけたらしい。


「攻撃第二弾」


 亜美は全く手を緩めず、次のボタンを押した。

 シュッ、シュッ――と、何かが、玄関の壁から飛び放った。


「なにをっ――!」


 反射的に、跳んできた攻撃を避けて、若い男が横に飛び込んだ。


 随分、身軽ではあるらしい。


「なによ。結構、俊敏じゃない」


 水風船攻撃をかわしたのは、珍しい。中には水ではなくて、ペンキのペイントを入れ込んであるやつだ。


 あれを食らえば、洋服だけでなく、顔中もベトベトになって、即行で落とさなければ、かなり悲惨な結果になるのである。


 珍しく、身軽な男がやってきて、久しぶりに亜美の攻撃は交わされてしまった。

 だが、その程度で終わるような亜美サマではない。


「まだまだ、これからよ。しつこい男の末路がどうなるか、思い知ればいいのよ」


 プチッ、とまだ次のボタンを亜美が押した。

 シュッ――と、玄関の扉横の壁が少しだけ外れ、シューッ――と、水噴射が噴き出した。


「What the fuck――!?」


 ザザーッと、真横からスプレーの嵐に攻撃されて、すでに男の洋服どころか、全身までもずぶぬれ状態である。


 濡れていない場所がないというほどに、全身ずぶ濡れの男の洋服からしたたり落ちるように、あふれた水がこぼれ落ちている。


 頭からも水がしたたり、横からはサウナでのスプレーシャワーを浴びているのでもあるまいし、強烈な勢いでスプレーがその男の肌を攻撃してくる。


「いい加減にしろっ! コウイチ・サトウの依頼で、用がある!」


 完全に怒りが頂点まで達しているであろうその怒気を含んだ瞳を、またカメラの方に近づけて、男が叫んできた。


 次のボタンを押しかけていた亜美の指が、一瞬だけ止まる。


 亜美はインターホンの画面から目を反らさず、キッチンカウンターにある電話に手を伸ばし、手早くそのダイヤルを押す。


「コウイチ・サトウの妹、アミ・サトウ。用があるから、このドアを開けてくれ」


 亜美の姿を見たものなら、その場で殺しかねなさそうなほどの怒気を見せながら、玄関先の男は、一応は、その場で、自分を落ち着かせているらしい。


 亜美はその男を隙なく見返しながら、受話器の向こうで応答した声を聞いて、すぐに喋り出す。


「変な男がうろついて、家の中に押し入ってきようとしてるの。助けて!」


 本人の行動からしても、あまり切羽詰ったような様子でもなかったのだが、それはそれ。やはり、電話で助けを求める場合は、それなりの演技も必要だろう。


「落ち着いて。住所はどこですか?」

「ハミルトン通りの――」


 亜美は家の住所を羅列して、自分の名前も明かして、まだ聞かれもしないのだったが、現状を説明しだしていた。


「――20代前半で、暗がりだけど、金髪、青い瞳、背の高さは判りません」

「拳銃を所持していますか?」


「洋服の下にあるのなら、それも見えないので判りません」

「わかりました。家の中で、どこか鍵のかかる場所はありませんか?」

「あります」


「では、その部屋に行き鍵をかけ、窓側から離れ、警察が来るまで待っていてください。非常の場合は、ドアの下に椅子を置いて、重石にしてドアをブロックしてみてください。絶対に、部屋から出ず、侵入者を相手にしないように」


「わかりました」

「15分以内に、パトロール車が到着します」


 電話を切った亜美は開いてあったパネルを閉じ、仕方なく、電話の指示通り、鍵のある部屋に向かいだす。


「15分なんて、本当に悪質な侵入者だったら、即刻、殺されてるわよ、現実じゃ」


 それかは、襲われて、ひどい目にあわされているか。

 どちらにしても、最悪な状況なのは間違いない。


 あの男が悪質な侵入者かどうかは知らないが、用心にこしたことはない。そう、いつも兄の晃一が言っているではないか。


 亜美と晃一が住んでいる小さな家には、鍵のかかる部屋が――実はかなりたくさんある。


 一見、3LDKの小さな一軒家に見えがちだが、兄の晃一が色々と手をかけて、地下室もあるし、屋根裏部屋もあり、二人では十分なほどの部屋数と広さがあったのだ。


 裏にある庭の物置きの地下室や、裏部屋も入れたら、それはどこにでも通り抜けれる抜け道までもあって、007に出てくるような話ではないが、トリックだらけの家なのだった。


 ほとんど、それは兄の晃一の趣味なのだったが。


 キンコーン、キンコーン、キンコーン、キンコーン――


 まだしつこい男は、家の呼び鈴を鳴らし続けている。


 あれだけ鳴らし続けてもまだ諦めないその根性も大したものだが、兄と亜美の名前まで口に出して、一体、どんな用件があるのか。ただのセールスマンではないのだろう。


 だが、兄の晃一がいない場で、口だけの男の話を信用するほど、亜美だって馬鹿ではない。

 本当に用件があるなら、兄が帰って来たその場で、しっかり話をつければいいだけのことである。





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読んでいただき、ありがとうございます。

Yuumbo'otik xook le novela

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