1.1:Ami Satou - Epi03

「では、鍵を閉めまして」


 地下室に続く一角で、亜美は指示通りにその部屋の鍵をしめていく。


「でも、それだけじゃないよ~ん。なんてったって、お兄ちゃん仕様、この家はドロロン~の巻き、だもんね」


 訳の判らないことを呟く亜美は、特別、恐怖に怯えているのでもなし、また壁側に開いたパネルのボタンをポチポチ押しながら、今日一日の課題でも終えたかのような、そんな様子だった。


「あぁあ、せっかくスパゲッティー作ったのに、冷めちゃうじゃない」


 自分の分だけは、今夜の夕食のスパゲッティーを、きちんと皿に取り分けて持ってきた亜美である。


 いつも所持して離さない、亜美のお気に入りの超小型パームパソコンを脇に抱えながら、その小さな密室とも言える部屋の中にある簡易ベッドの上に、亜美は簡単に座っていく。


 15分って、夕食を食べている間に、簡単に終わりそうかもしれない。


 ちっちゃなパームパソコンを開き、この間、ダウンロードしたテレビでも見ながら、まず、夕食を済ませるべきだろう。


「お兄ちゃんったら、一体、どこをほっつき歩いてるのよ」


 モグモグと一口を口に含んで食べ始めた亜美は、まだ家に戻ってこない兄の晃一に文句を言いながら、仕方なく、警察を待つことにしたのだ。





「私達がこの場にやって来た時には、不審な人物はいませんでした」

「そうですか」


 警察のパトロール車がやって来て、家の周囲を巡回し終えたらしい若い二人の警察官が、亜美に連絡してきたので、亜美は手早く食べたスパゲッティーの皿を残して、玄関に出てきていた。


「被害はありませんか?」

「ないです。家にも押し入ってこなかったみたいだし」


「わかりました。付近を巡回し続けてみますから、何かあったら、すぐに連絡ください」

「ご苦労様でした」


 まだ、若い二人の警察官が軽く亜美に連絡して、ゆっくりと玄関を降りていく。


 あのしつこい男は、パトロール車のサイレンの音でも聞いて、逃げ去ったのだろうか。


「今回は、また、派手にやったんだね」


 車に戻り出していた警察官の一人が、ちょっと亜美を振り返っていた。それで、困ったような、そんな笑みをみせる。


「そんなことはないんですけど」


 だが、若い警察官の視線が、玄関前に飛び散っている赤や黄色のペンキのペイントの方に、自然、落ちていく。

 それで、苦笑めいた笑みをまたちょっとみせる。


「片付け、大変だろう?」

「お水をけば、なんとかなるから」


「そうか。じゃあ、なにかあったら連絡して。怪しい人物でも、さっきの男が戻ってきても、すぐに連絡するように」

「了解っ」


 亜美も気取って、警察官に敬礼するように手を額にあてた。


 若い警察官がまたちょっと亜美に笑んで、今度は、本当に車の中に戻っていく。


 この警察官とは顔見知りである。以前にも何度か、亜美の家に呼び出しを受けてやってきた警察官である。


 過去の場合は、家の周りをうろついていた変質者だったのか、ただの酔っ払いだったのかは知らないが、亜美の攻撃を受けて、道路で気を失っているのを、隣近所から通報を受けてやってきた警察官が発見した、という場面だ。


 全身、ペイントだらけで、あの時は、赤や黄色だけではなくて、新色攻撃――などと、亜美が色々混ぜたものだから、道路で気を失っていた男は、七色どころか、ものすごい色のペイントを全身に身につけて、ぶったおれていたのである。


 まだ、二十歳になったばかりくらいの、若い警官である。若いお兄さんは職務に熱心で、がんばっていることだろう。


 あの時も唖然としたまま、あまりにひどい色に塗り替えられた酔っ払いの男を、嫌そうにパトロール車に詰め込んで、署に戻っていったお兄さんだ。


 きっと、自分の車の中が汚されて、大層、困ったことだろうに。


「どうしたの? 大丈夫?」


 家の前に警察のパトロール車が停まっているものだから、隣近所からも、野次馬が外に出て、亜美の家を覗き込んでいる。


 亜美が横を向くと、隣の家の家族揃って玄関に出てきて、見物しているようだった。


「アーミィ、どうしたの? ポリス? どうして?」


 4歳になる長男も、警察の車を間近に見て、大喜びである。


「なんでもないよ。うるさいセールスマンがきて、帰らないから、警察呼んだだけなんだ」


 あらそう、と両隣の一家が納得する。


 お隣同士、毎回、行き来する間柄ではなかったが、それでも、通りを挟んで向かい側の近所も、ある程度顔見知りで、お互いに慣れたものである。


 困った時は、隣近所に駆け込めば、ある程度助けてももらえるだろうし、休日には、男親同士が庭の手入れをしたり、バーベキューをしたりと、平和な通りである。


「コウはどうしたのよ。女の子が一人で、危ないでしょう?」

「お兄ちゃんは、今夜は少し遅くなるから」


「あら、じゃあ、うちで待ってる?」

「いいの。でも、ありがとう。今日は宿題もあるし、そんなに心配してないから、大丈夫よ~」


 ひらひらと、両隣に手を振って、亜美は両方の家族を安心させてみる。


「コウが遅くなるなら、いつでも来ていいからね」

「ありがとう~。でも、大丈夫よ」


 夕食時でもあるので、それぞれの家庭はみんな揃って、ゾロゾロと、家の中に戻りだしている。


 以前もそうだったので、亜美の家の前での珍劇とも言える惨状は、近所でも評判なのである。夕食前に、おもしろい一興でも楽しんだだろうか。


 亜美は玄関横の水ホースを取り上げて、仕方なく、玄関前だけは掃除することにした。


 放っておいたら、乾いたペンキのペイントがこびりついて、家の前がかなり悲惨な状態になってしまう。


 シャーっと、ホースから水が勢い良く飛び出してきて、亜美は玄関前のペイントを流し洗うように手を動かしていく。


「ねえね、ぼくも、アーミィとあそんでいい?」

「ダメよ。晩ご飯の時間でしょう? また今度ね」


 水遊びしていると勘違いしている子供は、母親に手を引かれても、中に入るのは嫌なのである。


 そんな他愛無い親子の会話を聞きながら、亜美もちょっと笑っていた。


 シャーっと、勢いよい水で地面を洗い流し名がら、ついでに、玄関前のポーチにたまっている泥なども洗いよけていく。


「お兄ちゃんったら、一体、どこにいるのよ……」


 さっきから、兄の晃一に、全然、連絡が取れない亜美だった。


 自分の携帯から、何度も兄の携帯にかけたのだが、もうずっと、留守電に繋がってばかりなのである。

 こんな大事な時に、一体、どこにいるのだろうか。


 帰りが遅くなるなら、兄の晃一は、いつも、亜美に必ず連絡してくるのが常である。


 でも、今夜は、その連絡もなければ、亜美の方からも、兄の携帯に繋がらない状態のままだ。


 さっきのしつこいセールスマンには怯えていないが、兄の不在が気になって、心配せずにはいられない亜美だったのだ。





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読んでいただき、ありがとうございます。

O ṣeun fún kíka ìwé ìtàn yìí

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