2.4:To Russia - Epi36
「あれって……、赤いレンガに、尖塔が有名で――。“聖ワシリイ大聖堂”だって。近くで見ると、すごい建築物だねえ……」
「さあ」
面白みもないクインの返事を無視して、亜美は広場内でぐるぐるりと周囲を見渡してみた。
聖ワシリイ大聖堂。クレムリン宮殿。向こうの方に見える大きなお城のような建物は、グム百貨店のはず。
パンフレットの中でも、ものすごい賑わった百貨店の写真が載っていて、きっと、色々なものが売っていて楽しそうな場所だ。
「こんな時で、こんな状況だけど――なんだか、観光で来てたら、街並みとか建物とか、そういうの見ながら観光するのも、きっと素敵よね。ちょっと残念ね」
クインは仕事柄あっちこっちに飛ばされることが多いので、その度に、街並みがどうの、建物の風物が、などと情緒に浸ったことなどない。考えたこともない。
街の風景や景色に注意を払ったことさえない。
「私はね、ロシアに来たの、今日が初めてなの。お兄ちゃんの行方を探してるんじゃなかったら……、お兄ちゃんと一緒に、旅行に来れたらいいね……。昔の趣が残っていて、建物が荘厳で、お城を目の前に見ているみたいで、素敵だよね、きっと……」
「さあ」
「そういう情緒って感じないの?」
「ないな」
「ふうん、そう。それもつまらないよね」
亜美はまだ学生であるから、たくさんの海外旅行をしたことはない。学業も忙しいし、兄の晃一は仕事が忙しいから、夏休みとかに出かけることはあっても、海外旅行するほどの時間はなかった。
だから、歴史のある街並みを見ながら、のんびりと散策したり、建物を見て感動したり、いつか、そんな情緒ある旅行ができたらいいだろうなぁ……って、考えてしまう。
その為には、大事な兄の晃一の行方を探し出し、安否を確かめて、二人で一緒にシカゴの家に帰るのだ。
「ねえ、モスクワで何をするの?」
「今夜、ある金持ち主催のチャリティーパーティーがある。そこに潜り込む」
「勝手に入れるの?」
「招待状はある」
「あるんだ」
何から何まで至れり尽くせりだけれど、一体、誰がその招待状を手に入れることができたのだろうか。本当に、謎の“組織”だ。
ロシアに来ることになったのだって、アラスカでの状況がそうせざるを得なかっただけであって、初めから計画されていたものじゃない。
それなのに、ほんの数日もしないで、誰か知らない金持ちのチャリティーパーティーにまで潜り込める手配が整っているなんて、亜美は驚きでしかない。
「だから、変装道具にドレスまで入っていたの?」
変装道具の入った紙袋には、なぜからは知らないが、薄手のドレスが入っていたの。それも、イブニングドレスやパーティードレスとでも言えそうな高価なドレスで、亜美も不思議に思っていたのだ。
「そこに……お兄ちゃんがいるわけじゃないよね?」
「そんな目立つ場所にはいないだろうな」
「そう、だよね……」
テロリストに捕縛されているのなら、どこか人目につかない場所に監禁されているのが常だろう。パーティーなんて、そんな目立つ場所に、捕縛している人質を連れてくるはずもない。
「ねえ? あの建物全体入るようにして、私の写真撮ってよ。たぶん……、任務とかあって、私の手に写真は残らないと思うけどさ……。せっかく、素晴らしい建築物があるから、ね? 写真撮ってよ」
亜美にせがまれ、無理矢理、デジカメを押し付けられたクインは、仕方なく、亜美からカメラを受け取っていた。
亜美はクインから離れて、小走りに前に進んで行き、クインに向き直る。
「ちゃんと撮ってね?」
「へえへ」
写真などどうでも良かったが、一応、芝居の為に、クインもデジカメを構えてみる。
亜美はカメラに向かって少しだけ微笑むようにして、ポーズを取っている。
一枚目を取り終えて、クインもそれで終わりにするつもりだった。
だが、カメラに向かってポーズと取っている亜美の口元には微かな笑みが浮かんでいるのに、その瞳が――違っていた。
緊張したような、それでいて、その張り詰めた緊張がいつでも切れてしまいそうなモロさを見せて、泣くのを我慢しているのか、そんな辛そうな複雑な色が、亜美の瞳にははっきりと浮かんでいたのだ。
「………………」
その亜美の瞳を見て、クインがもう一枚だけ、ちゃんと写真を撮っていた。
兄の晃一を探してロシアくんだりやって来て、それでも、次の行動は今夜まで待たなくてはいけない。行方知らずの情報が手に入ったのでもなく、未だに、亜美の兄の行方は見つかっていない。
今すぐにでも、そこら中を駆け回ってでも、自分の大事な兄を探し出しに行きたいだろうに、そうすることも許されていない。
不安と心配で精神的に押しつぶされてしまってもおかしくないのに、無理矢理に、普段通りの行動をしてみせる亜美だ。その努力を必死でしている亜美だった。
「きれいに撮れた」
「さあ」
亜美がクインの横に戻って来て、また、何でもなかった風にクインの腕を組むようにした。
「次はどこに行くの?」
「ここらをブラブラするだけ」
「どのくらい」
「ショッピングモールでスナックくらいは食ってもいい」
「そっか。じゃあ、もう少し歩いたら、スナックが食べれるかもね」
特別な目的もなく、二人はまたゆっくりと通りを歩き出していた。
亜美に返すはずのデジカメの行き場がなくて、クインは自分の着ている長いコートのポケットの中に、デジカメをしまっていた。
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Mauruuru no to outou tai'oraa i teie buka aamu
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