憔悴ーしょうすいー

 



 外傷こそないものの、心に深く突き刺さった過去のやじりと外れた心のくさび

 今しがた渦切を切り捨て、巨大な門扉の前に項垂うなだれる攝累きょうら。目など見えぬ、先も見えぬ。


 お先真っ暗なんて言葉は、生温い。それは暗闇に塗ることの出来る先の未来がある人間の言うことだ。今の攝累にはその塗り潰す未来すらも無いのだから…。

 何のために、生きてきた?せつを守るため、見守る為にあった今までの私。

 

「いいや、違うな。自分の、自身の存在意義を攝に見出していたんじゃ無い。ただただ、攝に依存し心の拠り所にしていたのは私だったのかもしれないな。」


 ソハヤが破かれ、弟を奪われた。

 なんて嘆く前に、現実を見ろ。否、過去を見ろ。殴られ目を背けた過去の闇に今一度思い返して鬱に歪む。

 そして、1人の少女、否、一匹の獣の悲痛な叫びが下町に響き渡る。


「あぁ、あ゛あ゛あ゛ぁぁ…。弟は…私が殺したのか…。奪われる物(者)すらも…最初から…有りはしなかったのか…。」


 その悲痛な叫びにも似た嘆きなげきを包む様に人影が目の前に現れる。


 「無様だな攝累。いくら天賦の才が宿ったお前でも心の底、根幹まで硬く強いわけではなかったようだな。」

 「あぁ…聞き覚えのある嫌な声だぜ…。かつて腕と命を刈り取れなかった採算でも取りにきたのか卑怯者。」


 「そう強がるなよ。憔悴者しょうすいもの。手紙は読んだのだろう?だから地下へ行った。あの短文でよく伝わるものだ…。累攝らせつが此処まで見越していたのだとすれば、双子だとしても驚嘆きょうたんすべき先見だな…。」

 人の名前は間違えるものじゃねぇぜ、卑怯者。そう強がり立ち上がろうとするも力足りずなお倒れ込む攝累。

 

「気にすることはそこじゃ無いだろう。回りくどいのは好きじゃない。分かりづらいことこの上無い、それに時間を無駄に使いすぎる。察してはいただろうがあの手紙も穿った六角をも俺がやった。」

「そうかよ。やっぱりな。これまでの接触、否接敵で姿どころか痕跡すらも残さなかったお前が眼の前に立っているのは自惚れか?」

 

 「虚勢を張るなよ。逆光で輪郭は見えど容姿までは認識出来ていない無いだろう。これでも、名が知れ渡った伺見うかみの末裔だ。」

 まぁ、知れ渡ったのは名前のみだがな。


 そう言って、痩せぎすという言葉では足りない程細く爪楊枝のような男は呟き語る。逆光で映る輪郭は人間とはいえぬ。さりとて怪物とは言わぬ。一本の木枝に引っ掛り、空に浮く絹織きぬおりのように見えた。そう…一夜にして消えた、姿を見たものも居なく、存在すらも疑われ、噂のみで噂だけで人々を震え上がらせた浮絹うきぎぬ一族の風貌、風体そのままに…。


 


 「此処まで、これまで隠していた姿まで現した理由を言おう、いや聞くんだ。此処で多くは語るまい。否、語れまい。俺の口からもな。陽が昇る前にお前を"妹"の処へ連れて行く。」

 「虚言を…吐くなよ。忍びの者。あたしには弟は居たが妹は居ない。その弟も、渦切に取り込まれた。一族も捨ててやったから一人だ…。お前のおかげで過去を見た…。感謝…なんて今は言えねぇぜ。」


「まぁ、結果背中を押したことにはなるがこっちは恩を着せるためにやったのではない。それにだ…。」


 語りかける男の声は段々と遠くなる。否遠くなるのは攝累の意識だった。意識が闇に落ちる寸前…攝累の耳は1つの投げかけられた疑問を捉えることになる。



 

「お前の見た忌双子の惨劇。その過去は…。本当に、本物か…?」



 

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