鮮獄ーせんごくー

 少しの茜が混ざる様な日の下をせつ様と一緒に歩きます私は、渦切の分家人ぶんけにんの1人、馬酔木あせびです。


 今しがた、日頃ご愛顧たまわっている大鋸御屋おがみや様についた所ではありますが雰囲気が前にうかがった際とは少しばかり違う気がしている次第です。


 屋敷全体が多少暗いというのか、嫌に静かな気がするというのか。微量で微細な違和感ゆえの勘違いの場合もありますが……。


 その不安からくる欺瞞ぎまんを頭の片隅に追いやりながらも門扉の戸をたたきお声をかけます。

 我が渦切の筆頭ひっとうにして頭目とうもく丹波たんば様のように、しわぶきを行い呼ぶ事はいたしませんし、できません。なんたってあの人は・・・。

 いえ思いを巡らせるのもこの辺にしておきましょう。


「返事がありませんね馬酔木さん。どうしたのでしょう。」


「ええ、たしかにそうですね。先程触れた扉は軽い気がしました。開いているのかもしれません。攝様少しばかりお下がりに。」


 はい、と下がった攝様から視線を外し扉に力を入れる。


 開いた。


 最初に見えるのは大広間。奥の壁には達筆たっぴつ行書ぎょうしょ大鋸御おがみと書かれてあり、すぐ下には家紋と家宝なのでしょう。

 長く使われてきたであろう大工道具の一式が横に並ぶように掛けられています。

 まさに圧倒にして圧巻というべき御館みたちですね。


 右から。

 指矩(さしがね)・板図板(えずいた)・玄翁(げんのう)・掛矢(かけや)。

 色々並んではいますが、1つ抜けているのが少し気がかりですね。



 ◯

 そうかんぐくる馬酔木の後ろに鋭い凶器を振り上げた影がおおい掛かる。




 「死んでおくれ。渦切。あなた達のお陰で私は見事な程に、鮮明な地獄を見た。」


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