黒蜘蛛ーくろくもー

 あたしが知る限り父・渦切 丹波は特異取っていいほどに力が突出していたけど、母様に関してはちょっと捉えどころのない性格をした普通の人間だったんだ。…だったはずだ。最後まで母は自分のことを子供であるあたしと攝に話すことはしなかったし、親父殿さえ今の今まで頑なに教えてはくれなかった。


 けれど、そんな親父殿が選んだほどの母様にも"隠していた"何かあったんだろうぜ。幼子とはいえ狂った攝の強襲をなしながらどうしようかと悩む余裕があったんだからな。


 けどその余裕はあたしのせいで消え去った。


 広間を覗いていたあたしに気を向けた瞬間を狙われた。その黒い羽織のほつれた部分から伸びた黒い糸。

 それを両の手に巻き付けた攝が縮地でも使ったように母の後ろに移動した。



 その手は首の後ろ、肩に手首を乗せるように糸を握っていた。幼少ながらに想像しうる最悪が頭を駆け巡る。心臓が早鐘を打って瞳孔が見開いたあたしに母は優しく微笑んで口を動かしたんだ。あの時なんて言っていたかは確信がないから此処では語らない。



 そして攝が思い切りその握り拳を左右に広げたと同時、艶黒の糸に反射するツキアカリが母の首に向かって走った後。

 あたしの前で母の首が締まり床に伏した。




 あぁ、最悪だったよ。かさねて言うようだけどな。

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