覚悟ーかくごー

 絶望に打ちひしがれる攝累きょうらへ黒を纏ったせつが迫る。その時後ろから夜闇を切り裂く怒号が響く。まるで闇夜に走る雷鳴にも似た声の主は丹波たんばだった。




 「立て!攝累!そして下がれ!」




 腰が抜けながらも後ずさりをする攝累の前に立ち塞ぐ丹波。羽織るのは。


【先を読み、地と知をせるは地動なり】。

 そううたわれた地動渦羽織ちどううずばおり


 だいだい色に光る目で攝を睨む丹波。まるで獣のように唸りを上げ、黒糸こくしを、両の手首を基点とし背中を辿らせ周囲に纏う攝その姿はまるで不幸と不浄を司るつかさどる一匹の夜蜘蛛よぐものようだった。


 両手の手先を波のように流し、腕ごと上に振る攝。その瞬間、複数の黒糸はまるで全てを飲み込む黒い津波のように丹波の周りを囲んで一斉に襲い迫る。

 立つ尽くす丹波を絞め殺そうと、吊り上げようと、糸が首に触れようとした瞬刻。丹波は海老反りに身体を地に落とし両手で地を勢いよく押し、塞がった頭上の黒糸を足で蹴り上げ、開いた穴から空中へ飛び上がった。


 流れのまま天井にかかとを当て力をいれる。

 天板に亀裂が走る。

 バキバキと天蓋が割れ、裂けた音が降ってくる。


 視線に捉えた攝の背後へと身を置く、身軽に。

 前にいる攝累を睨みながら背後の丹波へと撃墜の為の黒糸を投げる攝。



 丹波はその黒糸をまるで力の流れが見えていたかのようにスルスルと避け、黒い羽織の襟足えりあしに手を掛ける。

 目的は倒すことじゃない。引き剥がすことだ。


 そしてゆっくりと目線を上げて、攝累に向けて言葉を投げる。


 「攝累。出来るな。無茶を強いるが、無理はするなよ。」


 頷き、立ち上がる攝累。そして右手を前にし虚実を作り、後屈立ちこうくつだちを保って出すのは中段の構え。


「あぁ、やっちゃうぜ親父殿。確信は無いが、覚悟なら出来た!あたしは、あたしが!攝を殺して、累攝らせつを救う!」





 これがこの言葉が、渦切に生まれ落ちて初めて立ち会った。

 否。

 立ちはだかった窮地きゅうちを前に、よわい7歳の口から発せられた強すぎる意思と逞しすぎる自我が垣間見えた言葉だった。

 

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