十六夜ーいざよいー

 大鋸御家おがみやに嫁いでから運は私に味方した。


 それは今こうして起こった、起きてしまった、目線が変わると喜劇にも見えるそれは悲劇の前触れか、幸運の前借りか。

 一家の団らんを、旦那様を、突如として突発的に襲った悲惨な不幸。


 襲った不吉は一週間前にさかのる。あの下賤げせんで下劣で下卑げびた盗賊。

 夜。それこそ深夜の大鋸御家に影を落とした。夜だとしても、夜だからこそと言うべきなのだろうけれど、盗む側からすると英断えいだんの如き決断、いや判断だったのだろう。

 私たちからするとたまったものではない。溜まっていったのは未来への不安と現状への不満。


 どんな超人でも、どんな聖人でも、それこそ完全無欠の狂人だとしても寝込みを突然、寝起きの寸前をコンディションが整いすぎている常人に襲われると流石にたまったものではない。


 それは完璧聖人君主と名高い我が旦那様、大鋸御おがみ ひじりとしても例外ではなかった。あの羽織……。

 かの有名な、ここ大江戸の城下町を含める広々とした下町の一部を、一区画を我が物としないほどの名声・声望せいぼう極めた渦切一派の羽織を日頃、普段は当たり前としても寝床に着く時まで羽織っているわけではない。


 そこを狙われた。


"ガタン"


 欠けた月光が降る十六夜いざよいもと



 何かが揺れ落ちる音と、誰かの崩れ落ちる影が、

 聖の寝室から響き漏れて来た。

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