忌み双子ーいみふたごー

 夜の闇が夕刻の明かりを押し出して、薄暗い情景がせつを包む

徐々に闇が迫り包む江戸の城下町じょうかまちの各家々に

次々と火の光が照らし出される。


 そんな砂道を急ぎ足でけ、

せつが向かう先は反物屋たんものや


「あの掛け軸……やっと見えてきましたね。」


 そう口にするせつの目に映るのは

反物たんもの織地おりち”の2つの掛け軸。


 その横に吊るされている提灯ちょうちんに明かりが宿る。

 それはまるで包む闇をけるようだった。


 その提灯ちょうちんの前にせつが立ち、格子かくしのような引き戸を開く。

夜分やぶんに失礼します。着飾つきかざりさん」


 そう言って中に入ると

沓脱くつぬぎと廊下がありその先に一五畳程の大きい畳部屋が

広がっている。


 その奥にこちらに向かれて置かれてる。

 扉のないタンスにあざやかであでやかな反物たんもの

ここぞとばかりにめられているその光景は

圧倒あっとうで、圧巻あっかんで、壮観そうかんと言わざる負えない。


 その反物たんものの手前、畳部屋の中心にある帳場ちょうば

琥珀こはく色の反物たんものを広げ、片眼鏡かためがねで見ている御仁ごじんが一人。

 その人が反物たんものを見ながら返す。


「そろそろ来る頃合いだと思っていたよ。攝坊せつぼう


 その声色は、女性のような黒髪のサラリとした長髪とは

打って変わって、偉く男気のまとった勇良いさみよい声だった。


 その”着飾つきかざり”と呼ばれた店主は続ける。


「親父様からは聞いている、この琥珀こはく反物たんものがお目当て物なのだろう?」


 はい、とせつが答え続ける。


「その琥珀こはく反物たんもの、偉く”癖者”いや”癖物”らしく。着飾つきかざりさんしかこの町では扱えていないと……」


 まぁ、この店主”着飾つきかざり”も中々に癖のある人物なんだけどな、と父はこの頼み事をするときにぼやいていた。


 それは心の内に閉まっておこう決め、せつは話を続ける。


「父が新たな羽織を作るようで、それに合った色の反物たんものを色々と探し回ったようなのですが中々出逢えず、頼れる先が着飾つきかざりさん、貴方だったようです」


”それは嬉しいな”そう返すと

店主、着飾つきかざり琥珀こはく色の反物たんものをまとめせつに手渡した。


「大事に扱ってやりな。さぁもう陽の姿も完全に失くなった。気をつけてお帰り」


 それを聞いたせつが、ありがとうございます、と礼を言いきびすを返し外に出る。


 その後ろ姿を見ながら着飾つきかざりが小声呟く。


「今日の夜のおおい方には”混じり者”が見えた、守ってやるんだよ。攝累きょうら…」


 それはせつの耳には届かなかった。引き戸を閉め、外に出ると空は新月にして朔月さくげつ

 月の光はなく、夜目やめすらもにごす夜が町に広がっていた。

 せつは、夜の黒が混ざり海松茶みるちゃ色に変わる反物たんものを包み持ち、足を自分の屋敷やしきに向けた。


 その後ろに夜猿よざるのような大きな2つの目が”ギロリ”とせつの背中を捉えていた。



「あれが、"惨劇の忌み双子"か・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る