宵月ーよいづきー


「こんな月夜に、ソハヤ羽織はおって何処に行くつもりじゃけ…。片割れよ。」


 渦切屋敷の前に、堂々たる姿でそびえ立つ門扉の前へふわりと羽の様に降り立った攝累の後ろからしゃがれた、かすれた声が聞こえてくる。


「へぇ、これは、これは。過去の偉人。否、遺人いじんのご登場じゃねーか。忌み双子の物思いに余韻すらもくれねーとは、薄情な過去振り御人かこぶりごじんだぜ。」

 

 「偉い物言いをするものじゃけ。忌み双子の片割れよ。ただ、たかが本家というだけで何も知らぬ生き恥、嫌。忌み恥晒しいみはじさらしが…。」


 「それでも、本家か?」

 「これでも、本家だ。」

 食い気味に返す攝累。


 振り向き相対したのは、渦切の地下。蓮芭牢れんばろうに捨ててきた黒渦を着た、白髪を全て後ろに結った黒目の老婆だった。



 いびつも歪。

 遺物も遺物。



 その老婆は、渦切の頭目とうもくの側にり、渦切の発展、そして繁栄のみを見据えた古い知恵と叡智えいち支え軸ささえじく。いわゆる、この渦切の御意見番と呼ばれる老婆だった。


 名を累比ーるびーという。


 かさねという言葉と、その創る羽織の特殊さから累比ーかさねびーとの別名で穏健派からは呼ばれていた。




「感傷に浸っておった所悪いんじゃが、お主の渦羽織。返してもらおう。」

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