第15話 学園のマドンナは海の世界に夢中になる

 受付で入場券を渡して館内に入る。

 入場券に関しては、渡辺さんが家の伝手で手に入れたものを使ったので無料だったりする。


「やっぱり、悪い気がするんだけど……」


 館内に入ると案内図が目につく。ここは都内でもっとも有名で施設が大きい水族館で、まともに楽しむつもりなら半日は過ごせてしまう規模だ。


 当然、入館料も高いので俺は半分支払うと告げているのだが……。


「いえ、実家によくいろんな施設から招待状が届くんです。使わなければそのまま期限切れになってしまいますし、もらい物に対しお金を受け取るわけにはまりません」


 キッパリと断られてしまう。付き合ってみてわかるのだが、釣りの時も片鱗を見せていたが、こういう時の彼女は頑固だ。

 こうなったら、後程別な形でお返しをすることにしようと目論む。


「相川君、どこから回りますか?」


 館内マップを見ると、全部で三層構造らしい。

 現在俺たちが立っているのが入り口もある一階で、二階と屋上フロアがあるらしい。


「とりあえず、順番に回って行くのがいいんじゃないかな?」


 他の人の流れを見る限り、順路に従っているように見える。まずは一階を制覇し、二階、屋上と巡れば取りこぼしがない気がする。

 俺の提案は受け入れられ、渡辺さんは前を歩くと早速中へと足を踏み入れた。


「ふわぁ……魚が泳いでます」


 通路の両側に透明なアクリルの壁があり、その先では魚たちが泳ぎ回っていた。

 下には、泳いでいる魚の説明が書かれたパネルがあり、音声によるガイドが聞こえて来た。


 珊瑚礁やマンボウ、チンアナゴが砂地から顔を出している。

 これ程間近で、海中に棲む生物を見ることができるのは、水族館ならではの醍醐味だろう。


 渡辺さんは子どものように目を輝かせると、アクリルの壁に近付き魚が泳ぐ姿をじっと見ている。

 俺も彼女の横に立つと、倣うように魚を観察した。


「なんだか不思議な光景です。こうして海の中でお魚さんたちがどうやって過ごしているのか見られるというのは」


 海中が揺れる波の輝きが反射して彼女の横顔を照らしている。薄暗い中、渡辺さんの瞳が光を吸い込み、俺はついその瞳に意識が吸い寄せられる。

 この時ばかりは、魚よりも何故か無性に彼女のことがきになった。


 渡辺さんは魚に熱中しているのか、片時も水槽から目を離さず順路を回って行く。

 ときおり俺に話し掛けてくるのだが、俺はそんな彼女に相槌を打ち、時には釣りの時に聞いた海の雑学を披露することで彼女を楽しませる。


 一階の海中フロアもそろそろ終わりというところで、トンネルのような場所があり、中に入ると。


「ふわぁぁぁぁぁーーーー!」


「これは、凄い!」


 中に入ると、天井が明るい。そこは360度が海中の世界だった。


「あれ、エイですよね? あっちは、お魚さんが群れで行動しています。凄いです!」


 先程まででも十分インパクトがあったのに、ここにきてこの演出は不意打ちだ。

 はしゃぎ、俺の肩を揺らす渡辺さんにも反応することなく、俺はこの光景を目に焼き付けていた。




「ふぅ、一気に回ってきたな」


 あれから、二階の浜辺フロア、屋上の触れ合いフロアと回った俺たちは、屋上にあるカフェで休憩をとっていた。


「イルカショーが中止なのが残念です」


「仕方ないよ、梅雨時だからね」


 屋上フロアの目玉であるイルカショーについては、雨天のため中止となっていた。

 渡辺さんは、楽しみにしていたようで、ことさらショックを受けているようだ。


 俺は彼女に何と声を掛けて良いのか考える。


「これだけ楽しい場所なんだから、また来ればいいんじゃないかな?」


 彼女の話を聞く限り、この手の入場券は定期的に手に入るらしい。なら、次は天気の良いタイミングで訪れればよいのではないかと提案してみた。


「えっ? また、一緒に来ていただけるのですか?」


 ところが、渡辺さんは聞き間違えたのか、何故か俺も一緒に来る想定で返事をした。


「俺で良ければ付き合うよ」


 渡辺さん程ではないが、イルカショーがなくなって残念なのは俺も同じだ。彼女が嫌でないのなら是非付き合わせて欲しい。


「約束、ですよ?」


 彼女は朗らかな笑みを浮かべると、ジュースを飲む。


「そういえば、さっきのトンネル凄かったよな」


 最初見た時、言葉を失ってしまったので、渡辺さんとろくに感想を言い合えなかったことを思い出し、俺は話を振った。


「本当ですよね、それまでの泳いでいるお魚さんや、生態の説明を聞いて夢中になっていましたけど、あんな光景を見てしまったら、興味が広がります!」


 大げさな話かもしれないが、世界が変わるような体験だった。

 海の中を自由に動き回る魚を間近で見て、自分も海の中にいるような錯覚を覚える。


 その場にいつまでいても飽きないくらいの素晴らしい景色だったのだ。


「スキューバダイビングをすれば、あの光景ってまた見られますかね?」


 渡辺さんはジュースを飲みながら、実際にあの光景を見るための方法を聞いてくる。


「たしか、ライセンスに幾つか種類があって、深海18メートル以上を潜るには上位ライセンスが必要らしいよ」


 先程見た光景は恐らく18メートルを超えていると思うので、実体験をするつもりならそれなりに大変そうだ。


「そうですかぁ、でも、ライセンスを取れば見られるんですよね?」


 そんな彼女の視線に俺は含む物を感じる。


「いつか、一緒に行きませんか?」


 予想はしていたが、渡辺さんはそんな提案をしてきた。


「それ、どういう意味で言ってるのかな?」


 彼女は首を横に傾げる。どうやら特に意識しての発言ではないらしい。

 であるならば、俺も過敏に反応するのは良くない。


「まあ、その時は付き合うよ」


「本当ですか! 約束ですよ!」


 はしゃぐ彼女を見て、頬杖を付くと溜息が漏れる。


(そんな将来の約束をするなんて、まるでそこまで付き合いを続けたいという風に聞こえるんだよな)


 天然ゆえの無自覚な発言なのだろうが、これは勘違いしてしまいそうになる。

 社交辞令を本気にして泣かされた男がこの世には多数存在する。


 俺は自分がその一人にならないよう、気を引き締めるのだった。





 あれから、水族館を出て遅めの昼食を摂り、渡辺さんが気になるというファンシーショップと、大型釣具店を回り、地元の駅まで戻ってきた。


 行きとは違い、電車も混んでいなかったし、今日のことを話しながらだったので、まったく退屈することがなかった。


「今日は楽しかったよ」


 駅に着くなり、俺は彼女に今日の感想を告げる。

 これまでは、晴れていれば釣りをして、雨ならば家に引き籠る休日を送ってきた。


 彼女に出会って、一緒に釣りをし、こうして都内まで遊びに行くようになった。

 女の子と出掛けるということに抵抗がないわけではなかったが、渡辺さんと遊ぶ時間は充実していて、何より楽しかった。


「相川君にそう言ってもらえると、私も誘って良かったと思えます」


 渡辺さんは嬉しそうな顔をすると、はっと表情を改めた。


「相川君! 来週末の予定はどうですかっ!!」


「うん、期末試験前だから勉強してると思う」


 既に相沢によって予定が決められているのでそう答えた。


「あっ……そうですね……」


 先程までの勢いは何だったのかというくらい、彼女は表情を曇らせた。疲れているのか、もしくは、期末試験の話をしたので朝話していた父親のことを思い出したのかもしれない。


「まあでも、期末さえ乗り切れば夏休みだし。一杯釣りもできるようになるからな」


 夏休みということで、釣り三昧の日々が約束されている。

 今年は遠征して泊りで釣りをするのもありだ。

 

 俺は、期末試験を乗り切ったあとの予定に想いを馳せていると……。


「そうですよねっ! まずは期末試験を乗り越えて、夏を楽しみましょう!」


 彼女もやる気を取り戻してくれたようだ。

 気合をみなぎらせている様子を見た俺は、


「石川さんや沢口さんの予定も空いてるといいよね?」


「えっ?」


 夏休みに一緒に遊ぶつもりだろう彼女たちの予定を先に聞いておいた方がいいと告げておく。


「あ、相川君は?」


「ああ、俺も釣りに行ったり、バイトしたりとかかな?」


 夏休みには短期バイトも入れるつもりだ。

 俺たちは、これから来る夏の楽しみ方について話すと解散するのだった。




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