第23話 学園のマドンナは料理を手伝う
「さて、料理を始めるとするか」
あれから、合計で3匹のアオリイカを釣ることに成功した。
他にも、沢口さんが張り切って魚を釣ってくれたお蔭で、それなりの数のアジとサバも手に入っている。
頑張って釣った本人は現在、風呂に入っているはずだ。
沢口さんも手伝いを申し出てくれたのだが、流石に海水浴に釣りと汚れてしまっているので、付き合わせるのは申し訳ないと思ったので断った。
そんなわけで、一人で料理をしようと調理場に立っているのだが……。
「相川君」
渡辺さんが台所に顔を見せた。彼女は風呂に入ったあとのようで、ラフなシャツとスカートを履いている。
このようなどこにでもある服の組み合わせなのに輝いて見えるので、もしやファッションとは生地やデザインではなく人によって似合うかどうか決まっているのでは? と考えた。
「どうしたの?」
海水浴を終えたのだろう、今は晩飯ができるまでは自由時間だ。飲み物でも摂りに来たのかと考える。
「その……、何か、手伝わせてもらえないかと思いまして」
渡辺さんはどこか自信なさそうな様子で、チラリと俺を見る。俺は少し考えると……。
「気を遣ってくれてありがとう。でも、多分平気だから」
魚を捌くのは流石に無理だろうし、そのことを理由に沢口さんにも休んでもらっている。渡辺さんにお願いするのは流石に気が引けた。
「渡辺さんもバイトと海水浴で疲れてるでしょう? 皆と一緒に休んでていいよ」
おそらく、自分が提案したせいで、俺が釣りをしてそのまま料理をしていることに気が引けてしまっているのだろう。真面目な彼女らしいともいえる。
俺は渡辺さんに大丈夫だからと笑って見せるのだが、
「相川君の(・・・・)手伝いがしたいんです! ……それに、こっちにきてからあまり相川君と話せていないですし」
「ん?」
途中から声が小さくなってしまい後半を聞き取ることができなかった。彼女は大声を出したからか、顔を赤くし、右手で自分の髪を弄って俯いている。
流石にそこまで気を遣われているのなら、これ以上は断る方が良くないだろう。
「それじゃあ、調味料を作ってもらえるかな? あと、御飯も炊いてもらえると助かる」
頭の中で調理手順を考え、その中で渡辺さんにやってもらう仕事を抜き出す。
「はい! 任せてください!」
渡辺さんは張り切った様子を見せると、笑顔で返事をした。
俺が調味料の分量を読み上げると、冷蔵庫に張り付いていたホワイトボードにメモをする。
仕込みを渡辺さんに任せられるということで少しらくになった。
「さて、捌いていくかな……」
俺はシンクに並んでいる魚を見る。
血抜きを終え、内臓を取り払ったアジとサバがぎっしりと横たわっている。
まずは、沢口さんが釣ってくれた尺アジを三枚におろすことにした。
中骨まで包丁を入れ、丁寧に尻尾の方まで刃物を動かし身を切り離す。これを裏表やり、身に残った骨の部分を切り離せば三枚おろしが完成だ。
ここから皮の部分を指でつまみ包丁でゆっくりと皮を引いて行く。
後は切り分けて、盛り付ければ完成だ。
「凄い脂だな、これは刺身が期待できるぞ」
捌いている最中に手に脂がついたのだが、プリプリとした身で、間違いなく美味しいと断言できる。
沢口さんが最初に釣った尺アジだけは彼女が口にできるように別に小皿を用意しておいた。
続いて、残るアジを背開きにするように包丁をいれていく。開いてから骨を切り離せば作業終了。あとは衣をつけてあげればアジフライになる。
「相川君、調味料ができました」
このタイミングで、渡辺さんが声を掛けてきた。
「ありがとう、じゃあ、アジの切り身と一緒に漬けて冷蔵庫にしまってもらえる?」
釣れたアジの量が結構多いので、明日の朝食用に仕込みをしておくことにする。
食材を保存するチャック付きの袋に切り身と調味料を入れて寝かせてやればよい感じに味がつく。
ご飯と一緒に食べれば箸が進むこと間違いなしだ。
「す、凄いです! もうこんなに一杯捌いたんですか!?」
渡辺さんが俺を褒めてくれる。自分が調味料を作る短時間でこれだけやったので驚いている様子。
アジは捌くのがそう難しい魚ではないのでこのくらいは慣れたものだ。
「このくらいは釣った魚を自分で捌いて食べるひとなら大体できると思うよ」
とりあえず、無難に答えを返すと、次の魚に取り掛かる。
アジよりは釣った数が少ないので、こちらはあっさりと終わるだろう。
まな板にサバを乗せ作業に入ろうとすると……。
「見学させてもらっても構わないでしょうか?」
「べ、別に構わないよ……」
特に許可を取るようなことでもない。渡辺さんは真剣な表情を浮かべると俺の手許を見る。彼女の体温を身近に感じ、このままでは作業をできないと一端包丁を置く。
「へ?」
横を向くともの凄く近くで目があった。
「渡辺さん、見学なら左側からで、もう少し離れてもらっていいかな?」
利き手が窮屈だったし、万が一にも怪我をさせる可能性があったので離れてもらう。
「あっ、ごめんなさい」
彼女は慌てて放れると視線を左右に彷徨わせた。
「基本的にサバの処理方法もアジと変わらなくて、血抜きをして内臓を取り出してしまえば美味しさを保つことができるんだ」
説明をしながら包丁を動かす。
今回は刺身にする予定がないので、頭と尻尾を落としてやればほぼ完了だ。
「サバは刺身にしないのですか?」
横で作業を見ていた渡辺さんは、俺の顔を覗き込むと質問をしてくる。
「サバにはアニサキスという寄生虫がいるから。生で食べるためには一端48時間冷凍する必要があるんだよ」
それだと、釣った沢口さんも、渡辺さんも帰ってしまうので、今回は火を通した料理を選択した。
「なるほど、それはちょっと怖いかもしれないですね」
寄生虫という言葉が不気味に聞こえたのか、渡辺さんの端正な顔に陰りが見える。
俺はフライパンにサバの切り身を入れ両面を焼き始める。
「大丈夫だよ。釣ってすぐに締めて内臓を処理すればアニサキスは身に移動しないし、こうして焼けば間違いなく安全だから」
そう言って彼女を安心させてやる。
あとは皮に焦げ目がつく程度に焼き、あらかじめ渡辺さんに作っておいてもらった味噌タレを投入し、落とし蓋をして煮込むだけ。時間を置けばサバの味噌煮の完成だ。
最後に、アオリイカを捌いて短冊型に切る。生きているイカは透明なので、盛り付けが終わるとそこには半透明のイカソーメンが並べられている。
他には沢口さんのリクエストということもあり、アジフライや、三枚におろして残った中骨を素揚げしたアジせんべいで全体のボリュームをアップさせて調理終了となる。
「ふぅ、とりあえずこれで晩飯が食えるかな。俺は料理を盛りつけて和室に運んでいくから、他の人たち呼んできてもらっていいかな?」
「はい、わかりました」
彼女は返事をし、出て行こうとするのだが……。
ピタリと動きを止めると、もじもじしはじめた。
「あ、相川君に聞きたかったことがあります」
何だろう、急ぎ目に魚を捌いていたので質問をし忘れたのだろうか?
「大丈夫、何でも聞いてくれていいよ」
これまで何年もずっと料理してきたので、アジやサバの扱いには自信がある。どんな質問でも答えるとばかりに笑顔で応じる。
ところが、彼女は緊張を解くことなく、やっとのことで声を発した。
「わ、私の水着姿どうでしたか?」
「なっ!?」
てっきり料理の話だと思っていたのに、予想外の質問に言葉を失った。
「感想をいただけなかったというのは、やはり似合ってなかったのでしょうか?」
その間にも、渡辺さんは真剣な表情――いや、悲しそうな表情を浮かべながら落ち込んでいる。
相沢から褒められているというのに、俺からの評価をなぜか気にしている様子。
「いや……そんなこと……」
「気を遣うのは止めてください!」
必死さが伝わってくる。何でも聞いてよいと告げているだけに、流石にここで答えないわけにはいかなかった。
「最初に言っておく。俺、本当に取り繕った言葉とか苦手なんだ。だから正直にしか言えないんだけど……」
渡辺さんはコクリと頷くと、俺から一切目を逸らさなかった。彼女の綺麗な瞳に見つめられ緊張が高まる。
「わ、渡辺さんの水着姿、凄く似合ってた。これまで生きてきた中で一番目を離せなくなったよ」
感想を言うと顔が熱くなる。緊張のため、自分が今何を言ったのかあまりよく覚えていない。だけど、彼女の水着姿を見た時に感じた気持ちは本物だった。
「あの……渡辺さん?」
おそるおそる話し掛ける。答えたのに反応がないので、もしかして相当気持ちわるがられてしまっているのでなかろうか?
「答えてくれてありがとうございます。それじゃあ、皆を呼んできますね」
そう言って、顔を逸らし出ていってしまった。
結局、何だったのだろうか?
釈然とせず、俺が首を傾げていると……。
「相川っち、料理できたー? って! 凄い量!?」
風呂で汚れを落とし、着替えた沢口さんが入ってきた。
「ああ、もう完成したから和室に運ぶところだよ」
「なら運ぶの手伝うね」
そう言って、沢口さんは手を貸してくれるのだが、
「ところで相川っち、美沙に何かした?」
「いや、料理を手伝ってもらっただけだけど?」
先程の水着の件を言うわけにはいかない。下手をすると沢口さんにも水着の感想を言わなければならなくなり、死亡が確定してしまう。
「渡辺さんがどうかしたの?」
釈然としない表情を沢口さんが浮かべていたため、俺は聞いてみることにする。
「美沙なんだけど、今廊下で様子を見かけたんだけど随分と嬉しそうな顔をしていたからさ、相川っちが何か言ったのかなと思って」
疑うようにじっと俺を見る沢口さんに、俺は無言を貫くしかなかった。
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