第57話 沢口さんは誘いたい

「いい加減、元気を出してよ」


 調理実習を終え、片づけを済ませたところで本日の授業は終了となる。

 相沢や渡辺さんに石川さんは別な授業を選択しているので時間が合わず、俺は沢口さんと二人で帰宅をしていた。


「だって……あんな姿相川っちに見られて恥ずかしかったし……」


 沢口さんは普段らしからぬ態度でポツポツと小声を漏らしながらついてくる。


 俺が妙な連中に因縁をつけられたせいなのだが、彼女がへこむ結果になってしまった。

 思わずため息がでる。俺は普段の明るい沢口さんと話をしたいのだ。あんな連中のせいで彼女がこのような顔をするのは間違っている。


 そんなことを考えていると、袖を引っ張られた。


「相川っちは、私のこと怖いと思ったりしないの?」


「思うわけない。沢口さんは俺のために怒ってくれたんだから」


 潤んだ瞳を真っすぐに向けてくる彼女にそう答える。


「じゃあさ……、私に……元気になって欲しい?」


「勿論だよ!」


 沢口さんは俯くと言った。


「今度の週末付き合ってくれる?」


「うん、もちろ……ん?」


「やった! 約束したかんね!」


 次の瞬間、沢口さんは顔を上げるといつも通りの笑顔を俺に見せていた。


「いやー、こんな単純な手に引っかかるなんて、もしかして相川っち、私のこと大好きなんじゃないの?」


「は、嵌めたの!?」


 口元に手を当て、からかうような笑みを浮かべた沢口さんは、とてもではないが先程まで落ち込んでいた者と同一人物とは思えなかった。


「そんなことはないよ。あの時は落ち込んでたけど、今は元気になっただけだし!」


 彼女は機嫌よく俺を追い越すと……。


「それじゃあ、相川っち。またねっ!」


 右手を顔の前に出し、敬礼をすると走り去って行くのだった。






「そんなわけで、週末、沢口さんに付き合うことになったよ」


『はぁ……真帆さんとですか?』


 夜になり、その日あった授業のことを俺は渡辺さんと話していた。


『相川君のミスで真帆さんが落ち込んでしまったから、償いをするということであれば仕方ありませんね』


 流石に、揉めた話までしてしまうと大事になるので伏せてはいるが、もっと違う反応をするのではないかとひそかに考えていた。


『それで、相川君。何時にどこに行けばよろしいですか?』


「もしかして、渡辺さんもくるつもり?」


『それはもう。だって、私は相川君の彼女ですから』


 当然とばかりに確認してくる。


「ちょっとまってね、沢口さんに聞いてみるから」


 俺は通話したままスマホのアプリを立ち上げると、沢口さんに個別メッセージを送る。

 すると、ちょうどスマホを弄っていたのか、集合日時が送られてきた。


「えっと、今度の土曜日の朝10時に都内の公園だって」


 やけに具体的な日時指定に首を傾げる。都内にある有名な公園なのでハイキングでもするつもりなのだろうか?


『うぅ……その日は都合が悪いです』


 通話口の先で渡辺さんが悔しそうにしている姿が浮かんだ。


「流石に、沢口さんに呼び出されてるから予定を変えてもらうわけにはいかないし……」


『仕方ないです。相川君が真帆さんに償いをしたいというのなら、彼女として送り出します』


 渡辺さんは割り切った声を出すと、俺が沢口さんに付き合うのを認めてくれた。


『ただし……その分私とも一緒にいてくれないと駄目なんですからね?』


 次の瞬間、拗ねた声を出す渡辺さん。顔が見えずとも今どのような表情をしているのかがわかる。

 俺は苦笑いを浮かべると、


「勿論、この埋め合わせは絶対にするからさ」


 彼女にそう返事をするのだった。






 土曜日になり、俺は沢口さんに指定された場所へと足を運ぶ。

 久しぶりの都内ということもあってか、幾つか回りたい店もある。もし彼女との用事が早く済むようなら見に行こうかと電車の中で調べていた。


 そんな訳で、公園を訪れたのだが、芝のある場所に大勢の人間が集まっている。

 長テーブルが並べられテントが幾つも建てられている。ここで何かしらのイベントをしているのだろうか?


 いかにも、関係者以外立ち入り禁止の雰囲気が出ているのだが、沢口さんから指示された場所もここになる。

 場所の指定を間違えているのではないかと思い、彼女にメッセージを送るのだが約束の時間が近付いても一向に返事が戻ってこない。


 俺がどうしたらいいのか途方にくれていると……。


「あっ! 相川っちだ! やっと来た!」


 この季節にしては随分と暖かな格好をした沢口さんがテントから出て俺の方へと向かって歩いてきた。


「メッセージ送ったのに見てないの?」


 俺は若干咎めるような視線を彼女へと送る。


「ごめんごめん、着替えてたからさ。スマホバッグの中だよ」


 彼女はあっさりとした様子でそう言う。俺はこの状況が何なのか知りたく、教えてくれそうな沢口さんをじっと見るのだが……。


「真帆ちゃん。まだ最後の仕上げ終わってないって」


 テントの中から大人の女性が出てきた。


「あっ、ごめんなさい! 相川っちも行くよ」


 沢口さんは俺の手を引くと、敷地内に俺を引っ張り込んだ。


「あっ、沖田さん。この男の子が例の子です!」


「ふーん、確かに真帆ちゃんが紹介するだけあって磨けば光りそうね」


 沖田と呼ばれたその女性は、まるで値踏みをするかのように俺の全身を観察する。


「あの……一体……何を?」


 不穏なものを感じると、俺は一歩引いた。


「別にとって食うわけじゃないのに、こういう挙動は可愛いわね」


「でしょ? 相川っちはいつも可愛いんだー」


 女子二人が楽しそうに話をするが、一向に状況を掴むことができない。


「あの……そろそろ俺にも何がどうなってるか教えて欲しいんだけど?」


 俺が勇気をもって二人の間に割り込むと、


「相川っちにはファッションモデルをやってもらいます」


「しかも、真帆ちゃんとは恋人役という設定よ。やったわね相川君」


「いやっ! 聞いてないから!?」


 思わぬ解答に、俺は大声を上げるのだった。


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