第58話 沢口さんは撮影する

「二人ともこっちに目線お願いします」


 カメラを向けられたことで緊張し身体が強張るのを感じる。


「ほら、相川っち。笑顔だよ」


 横を見れば、至近距離から沢口さんが可愛い笑顔を俺に向け、肩に手で触れてくる。


「うーん、彼氏ちょーーっと硬いかな? 真帆ちゃん、緊張をほぐしてあげてよ」


「はーい、少々お待ちを!」


 カメラマンさんは構えていたゴツイレンズがついたカメラを一旦引くと背を向けた。


「ほらほら、相川っち。スマイルスマイル」


 自身の頬を指差しニコリと笑って見せる沢口さん。このような時でも普段と変わらぬ様子を見せるのは、彼女が撮影に慣れているからだ。


「無理言わないでよ、いきなり着替えさせられて撮影なんて、心の準備ができるわけないだろ?」


 現在、俺は沢口さんとともに雑誌に掲載するための写真の撮影をしている。

 理由は、今回の企画が冬を先取りする恋人特集ということと、沢口さんが現場に俺のことをねじ込んでしまったからだ。


「うーん、そうだなぁ。じゃあ、スタッフ全員、魚だと思ったらどうだろう?」


「普通そこは野菜では?」


「うん。でも、相川っちなら魚の方が喜ぶかなと思って言ってみました」


「俺が魚なら何でも喜ぶと思ったら間違いだからね?」


 確かに釣りは好きだが、こんな状況で釣りことを考えられる程メンタルが強くはない。

 ふと沢口さんを見ると、彼女は俺の方を見ていなかった。横顔を見ていると、顔を向け俺と目が合う。


「まあまあ、細かいことを気にしていたら大きくなれないよ」


「ちょ、ちょっと……何で抱きついてくるのさ」


 彼女がいきなり俺の腕を抱いてきたので反応が遅れる。

 一瞬呆けたあと、慌てて放れようとするのだが、思っているよりもガッチリと掴まれていて振りほどけなかった。


「はい、オーケーです!」


「えっ?」


 声がした方を向くと、カメラマンさんが右手の人差し指と親指で丸を作っていた。


「相川っち、カメラを意識しすぎてたからね。可愛い私に夢中になっている間に撮影してもらったんだよん」


「可愛いって……自分で言う?」


「えっ……相川っちは、私のこと可愛くないと思ってるの?」


 ショックを受けたかのような態度に、


「いや……読モなんてやってるわけだし、服のセンスも良いし、一般的には可愛いと思うけどさ」


「わかってるじゃん、相川っち!」


「痛い……痛い痛いから!」


 俺の肩をバンバンと強く叩く沢口さんだが、心なしか顔が赤い気がする。


「それじゃ、彼氏さんははけてもらって、後は真帆ちゃんのピンスナップを撮りますね」


「それじゃ、相川っち、悪いけどもう少し待っててね」


 どうやら俺の撮影はあれだけだったらしく、離れると早速着替えのためテントへと誘導される。


「いいよ、真帆ちゃん。次は明るい笑顔でいってみようか」


 着替えを終えて外に出ると、沢口さんが撮影を続けていた。

 ポーズを変えたりバッグなどの小道具を持ったり、カメラマンさんの指示に従いコロコロと表情を変化させている。


 周囲のスタッフも、見学に訪れた人たちも気が付けば沢口さんの一挙一動を目で追いかけていた。


 それから、何度か着替えをしてからも撮影は続く。

 学校で見る以上に明るく、周囲の期待に応えながらも沢口さんはポーズをとっていく。


 いつの間にか俺は、周囲の人間と同じように彼女の姿を追い続けていた。






「はい、お疲れ様。相川君の方はこれが今日の報酬ね」


「いいんですか?」


 沖田さんという女性から封筒が差し出される。中身は分厚く、十枚以上入っているのは間違いなさそうだ。


「うん、今回はお試しということでモデル契約してないからね、現金はまずいから優待券で」


 若干申し訳なさそうな顔をする沖田さん。

 俺にしても、沢口さんに付き合って少し写真を撮られただけなので、まさか報酬までもらえると思っておらず恐縮してしまう。


「相川っち、お待たせ」


 そうこうしている間に沢口さんが着替えて出てきた。


「何々、沖田さんから何受け取ったの?」


「今日の報酬を優待券でね」


「見てみようよ!」


 沢口さんが食い気味に身体を近付けてくるので、俺は撮影現場から離れた場所で封筒を開ける。


「なるほどー、ちゃっかりしてるなぁ、沖田さん」


「これって、何の優待券かわかるの?」


 やや厚紙で豪華な印刷がされており「1000」と数字が印刷されている。全部で20枚入っており、数字が金額だとすると結構な額のように思えた。


「それ、スポンサーのファッションショップの優待券だよ」


「つまり、2万円分買い物できるってこと?」


 服は高いのでそれだけ使えるのなら助かるかもしれない。


「それでね、私の方もほら……」


 沢口さんはバッグに手を突っ込むと同じ優待券を10枚出して見せた。


「正直、今は使い道がなくてもてあましてたんだよね」


 沢口さんは30枚の券を扇のように広げるとパタパタと顔をあおぐ。


「そうだっ! この後の予定も私が決めていいよね?」


「まあ、今日は沢口さんに付き合うつもりだったからね……」


「だったら、これで服を買いに行こうよ!」


「今、散々色んな服を着たばかりじゃ?」


「私のじゃなくて相川っちのだよ! 3万円分もあれば結構よいの揃えられると思うよ!」


「いや、1万円は沢口さんの報酬でしょ?」


「いいの、今回の私の報酬は相川っちとのツーショットで十分だから!」


 沢口さんはそう言うと、俺の腕を掴むと歩き出した。


「ふふふ、相川っちの服を選ぶの楽しみだなぁ」


 そのような笑顔を出されると、まさか嫌と答えるわけにもいかない。


 結局俺は、沢口さんの思い付きに従い、ファッションショップへと付き合うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る