第59話 沢口さんは着せ替えたい

「相川っち、着替えたー?」


 カーテン越しに沢口さんが声を掛けてくる。


「も、もうちょっと待って……」


 俺は更衣室の鏡を見ると、着ている服が変ではないか確認をする。

 映っている姿からして服を着ているというよりは着させられている感が半端ない。


「本当にこれで似合ってるのか?」


 俺が着ている服は沢口さんが選んだもの。彼女のファッションセンスが優れているのはこれまでで証明されているので、世間的にはお洒落な格好ということなのかもしれない。


「まあいいか」


 いつまでもこのままでいても仕方ない。俺はカーテンを開けると沢口さんの前に立った。


「うーん、イマイチ?」


「着せといて酷い!?」


 俺の姿を見るなり沢口さんはアゴに手を当て首を傾げる。


「うーん、パーカーは少し子供っぽいか? 相川っちの背丈からして良さそうだと思ったけど、判断を誤ったかも?」


「とか言いつつ何で写真を撮るのさ!?」


 沢口さんはスマホを構えるとパシャリと音を立てた。


「はい、次はこっちを着てみよう」


 俺の抗議を完全にスルーした沢口さんは次の服を押し付けてくる。


「それじゃ、私はこれを返して次を物色してくるからここで待っているように」


「ええぇ~」


 こちらを指差した彼女は指令を出すとどこかへと行ってしまった。


「これは……長くなるパターン?」


 沢口さんはファッションへのこだわりが強そうだし、やる気に満ち溢れている。

 相沢の時と違って店員さんもいないので手当たり次第に着ることになりそうだ。


「……午前は諦めるか」


 俺はその後の予定を諦めると、着せ替え人形に徹するのだった。






「うん、相川っち似合ってるよ」


「……ありがとう」


 上機嫌で隣を歩く沢口さんにどうにか御礼を言う。

 あれから一時間半も様々な服を押し付けられ続けた。


「やっぱりシンプルなシャツに紺の長袖、ベージュのパンツが好きだなぁ」


 今の俺は沢口さんが選んでくれた服を買って道を歩いている。


「それにしても、3万円とは思えないくらい色々買えたよね」


「まあ、あそこの店員さんとは仲が良いから。このくらいはね」


 沢口さんは店員と交渉すると購入する服を値引きさせ、おまけをつけさせるなどしてきっかり3万円分の優待券を使いきった。


「今日一日で色々教えてもらったから助かったよ」


 お洒落に詳しい沢口さんと話していると色々興味深いことを知ることができた。

 服を着る時の色合いや組み合わせのパターン、基本ベースを決めてそれに合わせた服装選びなどなど。


 人と出掛ける時に恥ずかしくない程度には様々な衣服を揃えることができたので、今回付き合ったのはとても良い経験になった。


「私の方も、プライベートコレクション写真がたんまりたまったからね。WIN-WINだよ」


「それ……他の人には見せないようにね?」


 俺が着替えるたび、沢口さんは写真を撮り続けていたのだが、恥ずかしいので他人には見せないように釘を刺す。


「ええー、どうしよっかな?」


 すると、沢口さんはスマホを口元に当て、悪戯な笑みを浮かべる。


「お願いします。飲み物奢るからさ!」


「仕方ないなー、それじゃそこのカフェにいこっか」


 元々、ここまで付き合ってもらったので奢るつもりだったのだが、彼女は機嫌を良さそうにすると後ろで腕を組み前を歩くのだった。






「そういえば、今日は釣りしなくて良かったの?」


 カフェに入り休憩をしていると沢口さんがそんな確認をしてきた。


「ああ、今日は釣りに適してない日だったから別に……」


 毎日の天気のチェックは欠かしていない。たとえ沢口さんとの予定が入っていてもその日の海の状況は把握していた。


「適してないって、今日はこんなに晴れてるよ?」


 ところが、自分から話題を振っておきながら彼女は不思議そうに首を傾げてみせた。


「俺が普段利用している釣り場が今日は風が強くて封鎖されてるはずなんだよ」


「へ、へぇ……風で閉鎖とかあるんだ?」


 今は簡単に釣り場の気象状況を確認することができるので便利だ。

 過去に何度か釣りを楽しみにしながら遠征し、釣り場が閉鎖されていて愕然としたこともある。


 それぞれの釣り場の気象情報を追えるので非常に助かっていたりする。


「それにしても……私と出掛けるのに釣りのことも考えてたんだ?」


「……聞いてきたのはそっちでしょ!?」


 日課で毎日調べているだけなのに、そのような不満そうな顔をされてはたまらない。

 俺が背筋に汗を流していると……。


「もうっ! 相川っちは釣り馬鹿なんだからっ!」


 彼女は「仕方ないなぁ」とばかりに笑って見せた。


「ん、どしたの?」


 沢口さんはストローで飲み物を啜ると俺に話し掛けてきた。


「いや……何というか……」


 これまで関わった学友と違う反応があったので、素直に驚く。

 普通の人間なら、興味なさそうだったり、引いた様子を見せるからだ。


「さて、そろそろ休憩も終わりにしようか」


 カップの中身を飲み干した沢口さんは上蓋を取りストローを外しトレイに乗せながらそう言ってくる。

 この後どうするつもりなのかと思い、俺は彼女を見ていると……。


「午前中は私に付き合ってもらったからさ」


 彼女は楽しそうに笑うと、


「午後は相川っちの行きたい場所に付き合う」


 そう告げるのだった。


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「カクヨムネクスト」という公式ページにて新作ラブコメの『ダーツライフ』を連載しております。

注目にもランキングにも出現しないので、おそらく大半の人は気付くこともできない場所に置かれていますので、ここで少し宣伝させて頂ければと思います。

登場人物も一枚絵で描いて頂いているのでキャラクターはこれまで以上に想像しやすくなっています。

もし良かったら読んで見てください。

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