第60話 沢口さんは釣具に興味津々

 棚には様々な種類の竿が陳列されている。


 小魚を釣るための竿や磯場で使う竿などなど、値段もお試し用の廉価品から高級品までピンからキリまである。


 その他にも、タコ釣り用の特殊な竿であったり、メートル超えの魚を釣り上げるための超大型の竿であったり、普通の店では取り扱っていないような品物も置かれていた。


 ここは都内で最大の釣具店で、釣りをするなら一度は来てみたいと思っていた場所だった。


 ルアーの種類も豊富で、型落ち品などのセールを常に行なっているので、学生の財布にも優しい。

 年々進歩する釣り用品の最先端をいち早く導入しているし、店員も釣りに精通しているので、ディープな釣り場情報を得ることができる。


 そんな俺にとって聖地とも呼べる場所に……。


「へぇー、釣竿ってこんなに種類あるんだ?」


 俺はなぜか沢口さんと来ていた。

 彼女は楽しそうに展示している竿を手に取ると、その竿を振って見せる。


 お洒落な服装を着たギャルが竿を持っているという状況が場に合っておらず、周囲のおじさんたちも彼女を気にしてチラチラと横目でみていた。


「それはジグヘッドワームで小魚を釣る竿だね。先端が凄く柔らかいからどこかにぶつけないように気をつけてね」


「へぇ、通りで軽いと思った。これなら私にも扱えるかもー?」


 実際、子供に持たせる最初の竿に選ばれることが多いので、女性が使うことも多い。


「それにしても、こうして竿を持ってると夏休みを思い出すなぁ」


 彼女はそういうと、海の家でバイトしていた時を思い出し始めた。


「夕日の中、相川っちに手取り足取り腰とり色々教えてもらったなぁ。あれが初めてだったんだよ?」


「その言い方は誤解を招くからやめてね?」


 周囲のおじさんたちが不穏な目で俺を見てくる。

 沢口さんに釣りのやり方を指導しただけなのだが、ややこしい言い方をしているため伝わっていないだろう。


 俺は溜息を吐くと、楽しげに笑う彼女に質問をした。


「それにしても、本当にここでよかったの?」


 楽しそうにしてくれてはいるのだが、せっかく訪れた都内だ。もっと色々見て回りたいのではなかっただろうか?


「えっ? 勿論だけど?」


 ところが、彼女は首を傾げると不思議そうな顔をする。


「ここって都内で最大規模の店なんでしょ? そういうの聞くとテンション上がらない?」


 先程からテンションが上がりまくって入る。

 彼女に待ち合わせ場所を告げられた時から、時間があればここに来たいと思っていたわけだし……。


「俺は確かに楽しいけど、沢口さんは退屈じゃないかなと思ったんだよ」


 釣りのことをまったく知らない彼女にしてみれば、どのように使うかわからない道具に目を輝かせることもできないだろうし、退屈極まりないのではないか?


「そう? 私ウインドショッピングも好きだし、ルアーって綺麗だし見てて飽きないよ?」


 俺の懸念を吹き飛ばすような言葉を発した彼女は、売り物に顔を近付けると興味深そうに見た。


 しばらくの間、彼女はルアーを手にとって楽しんでいたのだが、振り返ると言う。


「それに、彼氏の趣味に理解がある彼女っていいと思わない?」


 悪戯な笑みを浮かべ含みを持たせた発言をする彼女。口元に手を当て俺の反応をうかがっている。


「確かに。自分の趣味を受け入れてくれるのは嬉しいよね」


 出会ってからこれまでずっと、俺の趣味に文句ひとつ言うことなくついてきてくれた。

 過去に友人から受けたトラウマもあり、人と関わることなく釣りをしていた俺だが、高校に入ってからは理解ある友人が増えている。

 その最初のキッカケをくれたのは紛れもなく恋人になってくれた渡辺さんの存在だろう。


 お蔭で、趣味と恋愛のバランスをとることができて、何不自由ない釣りライフをおくれている。彼女には感謝しかない。


「どうしたの?」


 そんなことを考えていると、沢口さんが惚けた表情でこちらを見ていた。


「いや、予想外な反応というか……相川っちらしくないなって?」


「いつまでも沢口さんの予想通りに動く俺だと思わないで欲しいね」


 我ながら単純な人間だということは認めるが、それでも彼女の予想を超えたことが嬉しく思う。


「あれー? おかしいな? 今の状況なら『あれ? こいつもしかして俺のこと好きなんじゃね?』って勘違いしてきょどるかと思ったんだけど……?」


「沢口さんの中で俺ってそんなキャラなの?」


 自意識過剰も甚だしい。それはどちらかというと相沢のキャラではないだろうか?


「そんな誤解するわけないし」


「なんでさー?」


 俺が答えると、沢口さんは口をツンと立てると上目遣いに聞いてきた。


「沢口さんが俺に惚れるなんてありえないからだよ」


 元々地味な性格をしている無個性な人間だ。趣味の釣りなら自信があるが、彼女に惚れられる要素はまったくもちあわせていない。


「それは……ちょっと卑屈すぎでしょう」


 呆れたような表情を浮かべる彼女。


「それに、相川っちには色々といいところあるよ?」


「たとえば?」


 フォローのつもりなのか、そう言ってくる沢口さんに俺は折り返し聞いてみる。


「えっと……うーんと……?」


 ところが、沢口さんは眉間に皺を寄せ考え込んでしまった。


「ほらね?」


 やはり褒める部分が見当たらなかったのだろう。彼女の社交辞令には感謝しておくことにしよう。


「いや、いっぱいあるんだけどさ……改めて聞かれると答えるのが恥ずいというか……」


 沢口さんは顔を赤らめると気まずそうに俺を見た。


「ま、別にいいんだけどね……」


 これ以上追い込んでも誰も幸せにならないだろう。

 その後、俺は釣具の解説をしながら彼女と店を回るのだった。



※ご無沙汰しております。

まるせいです。


少し余裕ができてきたので、この作品は不定期で更新していきます。

忙しくなったらまた更新止まりますが、連載をやめたわけではありません。

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