第61話 沢口さんは奢りたい
釣具店を出た俺たちは、今度は沢口さんが行きたいと言うカフェにてランチをとっていた。
「ここ、人気の店だから予約しておいたんだよね」
目の前では彼女がメニューを見ながらそんなことを言う。
「それでか……」
俺に付き合ったのは予約時間までの暇つぶしという面もあったらしい。
「でも、俺が断ったらどうしてたの?」
明らかに女性客が多く、目立っているのか周囲の視線を集めてしまっている。
このようなアウェイ空間、これまでの俺なら断って帰っていてもおかしくない。
「その時は一人寂しくお茶してたところだね。多分、彼氏に振られた可哀想な女の子みたいに映ったんだろうねー?」
その光景を想像していたたまれなくなる。
沢口さんなら一人でも写真をとってインスタにあげて楽しんでいそうな気もするが、実際に女性一人というのはハードルが高そうに思える。
「それに、相川っちは優しいから断らないと思ってたし」
沢口さんは目を細めると柔らかい表情をして俺を見た。
「まあ、このくらいなら断らないけど」
まったくの赤の他人というわけでもないし、友人として付き合う程度には沢口さんと仲良くなっている。
実際、夏休みにも同じようにカフェに一緒に入っているので、ハードルが低いというのはあった。
「今日は私が奢ってあげるから、好きなの頼んでいいからね?」
沢口さんはメニューから目を逸らし俺を見ると奢りを宣言する。
「いや、流石にそれは悪いって」
親しき中にも礼儀あり。理由もなしに奢ってもらうというのは体裁が悪いし、仲が良い友人だからこそ貸し借りを作りたくない。
俺がそのことについて告げるのだが……。
「理由ならあるし」
いつになく真剣な顔をすると彼女は告げた。
「夏休みの間、私、凄く後悔していたんだよ」
沢口さんは悲しそうな声を出し話し続ける。
「花火大会の時、私の軽はずみな行動で里穂と相沢を傷つけちゃったでしょ? 凄く後悔したし、夏休みが明けるのが本当に怖かったんだ」
それまで仲良くしていた友人が目の前からいなくなる。それは想像するだけで胸が痛む光景だ。
「何度か相沢に連絡もしてみたけど返事もなくて、このまま新学期になったらどうしようって本当に不安だったんだよ」
その不安は俺も感じていたが、渡辺さんが近くにいてくれたので彼女ほど切実ではなかった。
「だけど、相川っちが、勇気を出して皆に声を掛けてくれて、皆が勇気をだして発言してくれたお蔭で今のあのグループはなくならずに済んでいる」
「別に、勇気を出したわけじゃなく……たまたまなんだけどな……」
運よく父親からキャンプ施設を無料で譲ってもらえる話をされただけだし、メッセージに関しては誤爆だ。
決して彼女に感謝されるような行動をとった覚えがない。
それどころか、たまたまうまくいっただけにたいして奢ってもらうのは罪悪感がある。
「そんなことないよ! 相川っちには感謝してもしきれないの! だから今日は奢らせてっ!」
沢口さんが俺の手を取る。周囲の人間は何事かと思いこちらの様子をうかがっている。
おそらく、このまま問答をしていても彼女は譲らないのだろう。
そのくらいは短い付き合いながらわかっている。
「わかった、そこまでいうなら奢ってもらう」
「本当に!?」
俺が溜息を吐きながら受け入れると、彼女は嬉しそうな声を出した。
「ただし、俺も沢口さんに奢るから」
「何でさ!?」
この切り返しは予想外だったのか、彼女は驚き目を見開いた。
「この前の授業の時。男子二人に対して言い返してくれただろ? あれで俺は救われたんだ」
あのままだったらまた人と関わるのをやめていたかもしれない。
釣りを通して仲良くなった皆とも距離を置いていた可能性もある。
そうならなかったのは、男子二人を前に一歩も引かずに勇気を出してくれた彼女の姿があったからだ。
「あれは、私が相川っちに絡んでたから気に入らなかったんだろうし……元の原因は私にあるわけでしょ!」
「でも、俺が嬉しかったんだから奢りたいんだよ」
つまり、お互いにお互いの喜ぶことをやったのだから、互いに奢り合えば解決というやつだ。
論理的に説き伏せたことに俺は彼女に笑いかけるのだが……。
「本当に、相川っちってずるいんだから」
沢口さんは服の袖で口元を隠し、横を向くとそう呟く。不機嫌にさせてしまっただろうか?
「言っとくけど、私一杯食べるから、後悔しても遅いんだよ!」
俺が見ていたことに気付いたのか、彼女は挑戦的な態度で指を指してきた。
「なら、俺も沢山頼まないとな」
そんな彼女を見て、俺は自然と笑みを浮かべると沢口さんに張り合ってメニューを見始めた。
学園のマドンナの渡辺さんが、なぜか毎週予定を聞いてくる まるせい(ベルナノレフ) @bellnanorefu
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