第42話 学園のマドンナはキャンプに行く

「いやー、まさかお前に遊びに誘われるとは思わなかったぞ」


 二日後の朝、俺は駅前で相沢と一緒に立っていた。


「まあ、夏休み最後の想い出にな……」


 足元には大きなバッグがある。二日分の荷物なのだが、初のキャンプということもあってかそれなりに色々持って行きたいものがあって、これでも厳選した。


 しばらくすると、他のメンバーが姿をみせた。


「あっ、相川っち!」


 最初に駆け付けたのは沢口さん。花火大会以降久々に話すのだが、彼女はいつもの様子で俺に駆け寄ると満面の笑みを浮かべた。


「まったく、相川っちは。本当に憎いんだから、このこのっ!」


「ちょ、ちょっと……いきなりなんなのさ?」


 肘で脇を突かれ抗議する。


「だって、まさかあのタイミングで誘ってくるとは思わないじゃん! 大胆というかなんというか……、割と無計画だよね?」


「本当だよな、夏休みも終わろうかというこのタイミングで誘ってくるとか、神かと思ったぞ」


 相沢と沢口さんの間にはぎこちなさのようなものは見られない。俺はそれとなく相沢の様子を観察していると、


「お待たせしました」


「ん、誘ってくれてありがと」


 渡辺さんと、その後ろに石川さんの姿があった。

 渡辺さんは普段通り可愛らしく微笑み、石川さんも意識して表情を作っているのか普段とあまり変わらぬ様子に見える。


「里穂も元気そうだな」


「そうだね、相沢結構焼けた?」


 一瞬、俺と渡辺さんと沢口さんは黙り込み、二人のやり取りを見ていたが、どうやら問題なさそうだ。

 花火大会から数週間が経つ間に、相沢も石川さんも心の整理をつけたのだろう。普通に会話をしている。


「それにしても、突然相川からキャンプの誘いが来た時は流石に驚いたよ」


 石川さんまでもが俺にそう言ってくる。


「いや……皆、どうしてるかなと思ったからさ」


 乾いた笑いを浮かべながら誤魔化す。


 そう、俺はメッセージを送る先を間違えたのだ。

 本当は、渡辺さんをキャンプに誘うつもりだったのだが、焦りからか一つ下に置いてあった花火大会のメンバーへと誘いのメッセージを送信してしまった。


 送り間違えたことに気付き、顔面が蒼白となったのだが、既読が増えてくると……。


相沢:面白そうじゃん!行く行く!


真帆:うおおおおおおおお!参加する!皆も来られる?


里穂:大丈夫。いけるよ!


美沙:家族に確認してみます。


 参加表明が続き、あの日のメンバーが揃ってしまったのだ。


 渡辺さんとの相談して、時間が解決することだから見守ろうという結論がでていたのだが、自分のミスがきっかけで強制的にメンバーを集めてしまった。


 三人は、これまでの沈黙が嘘のようにいつも通りに会話をしている。

 あくまでも結果論なのだが、こうしている姿を見られるということは良かったのかもしれない。


 俺がそんな三人の様子を見守っていると……。


「相川君……」


 渡辺さんがこっそりと話し掛けてくる。彼女は顔を近付けると、他のメンバーに聞こえないように確認してくる。


「私たちのこと、言います?」


 渡辺さんは難しそうな表情を作ると、俺たちが交際を始めたことについてこの場で宣言するか聞いてきた。


 俺は三人の様子を窺がうと、


「少し……様子をみない? いきなり話しても混乱すると思うし」


 これまでで、俺と渡辺さんとの間に接点がなかったことになっている。

 そんな中、俺たちが付き合い始めたと話をしたら、根掘り葉掘り質問されかねない。


 それに……。


「どうか、しましたか?」


 俺が考え込んでいると、渡辺さんが首を傾げ目を覗き込んで来た。相変わらず濁りすらない綺麗な瞳をしている。


「おーい、相川早く行こうぜ!」


 久々の会話を終え、関係を修復したのか、相沢たちが呼んでいる。


「何でもない、それじゃあ、キャンプに行こうか」


「はい、一杯楽しみましょうね」


 俺たちは笑い合うと彼らと合流した。





「へぇ、ここがキャンプ場かー、綺麗な場所だね!」


 沢口さんが手を当て、眺めるように周囲を見渡している。

 電車に乗ること三時間、バスに乗ること一時間。俺たちはようやくキャンプ場へと到着した。


「俺たちはグランピングだからそっちじゃなくてこっちの方ね」


 俺は一人受付に行くと、予約の内容について話を聞いてきた。


「キャンプとグランピングって何が違うん?」


 石川さんが疑問を口にすると、


「キャンプは自分たちでテントを張るんですけど、グランピングは運営側があらかじめテントを用意してくれているんです。大きさや内装も凝っていて、テーブルにソファーやベッドまであるので、快適に過ごすことができるんです」


 渡辺さんが、この前テレビでやっていた特集で得た知識を披露した。


「へぇ、渡辺さん詳しいんだ。結構アウトドア好きだったりする?」


 渡辺さんの言葉に相沢が反応した。


「い、いえ……。たまたまテレビで見たものですから」


 熱中しすぎたのか、渡辺さんは恥ずかしそうに目を逸らすとそう言った。


「相川っち、私たちの拠点に案内してよ!」


「ああ、多分こっちの方だよ」


 沢口さんに促され、俺は皆を案内する。

 遠目にも、ドーム状のテントが幾つも建っているのが見える。


 その大きさからして、大人数で泊まるのも問題なさそうだ。


「ここが、俺たちのテントみたいだね」


「ほぇ~。凄い! 天井高いし設営するの大変そう」


 沢口さんは口をポカンと開けると、広さに驚いていた。


「本当にこれ、無料でいいのか?」


「うん、父の取引先の人が家族サービスで予約していたらしいんだけど、急用がはいったらしかったからさ。キャンセルしてもお金が戻ってこないならせめて使って欲しいということだったから」


 利用できなかったその家族には申し訳ないが、これだけの規模のテントとなると借りるのに結構な金額がするはずだ。

 滅多にこられるものではないので、満喫しなければならない。


「本部の方には売店もあるし、トイレとシャワーもそっちだね。後は、ここから車で5分ほどの場所に温泉もあるらしいけど、流石にちょっと遠いかな?」


「まあ、別に温泉はいいんじゃ? うちらキャンプしにきたわけだし」


「そうだな、温泉は次に来た時にとっておけばいいさ」


 来て早々に、早速次の話をする相沢。今後もこのグループで行動をするという意思表示に自然と皆が笑みを浮かべた。

 俺はそんな相沢を見ていると……。


「相川君、この後はどうするんですか?」


「晩飯は、施設を予約した時のセット料金に含まれているからバーベキューになるんだけど、それまでの時間は周辺の施設は使い放題みたいだよ」


 俺はもらったパンフレットを広げ、周辺地図を見る。


「どれどれ、私にもみしてー」


 沢口さんが肩越しにパンフレットを覗き込んで来た。


「それなら、人数分もらってるから皆にも渡しておくね」


 俺は相沢に近寄るとパンフレットを渡す。


「おう、サンキュー」


「はい、沢口さんも」


「ありがとー」


「石川さんと渡辺さんもこれ」


「ん、ありがと」


「ありがとうございます」


 全員にパンフレットが行き渡ると、


「へぇ、アーチェリーとかボルダリングがあるんだ?」


「プールに陶芸教室もあるし」


 沢口さんはアウトドアスポーツに興味を持ち、石川さんは伝統工芸に興味がある様子。


「相川は渓流釣りをしたいんじゃないか?」


「流石、よくわかるね?」


 俺がグランピングに興味を持ったのは川魚を釣りたいというのが大きかったりする。


「そりゃあ、そうでしょ。相川っちだもんねー」


「だな、相川はわかりやすいもんな」


 沢口さんと相沢が意気投合して見せる。


「そう言う相沢はどうなんだ?」


 単純扱いされたので、俺は相沢に聞いてみる。


「俺は……まあ、そうだな。それより渡辺さんは何をやりたい?」


 相沢は少し悩むそぶりを見せると、自分の答えを言わず渡辺さんに問いかけた。


「わ、私は……。そうですね……」


 一瞬、視線を送りそうになるが踏みとどまる。皆がいる前でアイコンタクトを交わすと気付かれてしまう可能性が高い。


「私は、スターウォッチングに興味がありますね」


「それ、夜の部だね。キャンピングチェアをレンタルして、夜空を見上げるなんて美沙はロマンチストだね」


「そ、そんなことは……ないと思いますけど?」


 沢口さんにからかわれて照れる渡辺さん。


「しかし、てんでバラバラなんだな。取り敢えず荷物置いて休憩したら、各々好きに行動するか?」


「賛成! そうしよー」


 相沢の音頭で、俺たちはキャンプを始めることにした。

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