第43話 学園のイケメンは親友と過ごしたい

「しかし、見事に男女でわかれたもんだな」


 俺と相沢はキャンプ場から少し離れた渓流を歩いている。

 それぞれがやりたいことを選んだ結果、俺が渓流で、石川さん沢口さんと渡辺さんの三人はアーチェリーとボルダリングにプールと順番に回ることにしたらしい。


「相沢は、あっちについて行かなくてよかったのか?」


 俺の目的は元々渓流釣りだから仕方ないのだが、相沢は別にそこまで釣りがしたいわけでもないだろう。あっちに合流するものだと考えていたのだが……。


「親友を一人寂しくさせられないだろ?」


 相変わらずの笑顔を向けてくるので、何ともつかめないやつだ。


「それに、今日はお前と話しておきたい気分だったしな」


「そうか?」


 何やら含みのようなものを感じるのだが、今は釣りをすることが重要。俺たちは上流へと向かった。






「基本的に、川魚は警戒心が強いんだ。だから、海の釣りと違い、姿を見せないように釣る必要がある」


「なるほど」


 透き通った水が流れる川の横で、俺は相沢に釣り方について説明する。


「こうやって、流れに沿って仕掛けを落として、魚がいる場所へと流していく」


 川魚は水が白く泡立っている場所や、岩陰に隠れていることが多く、なるべくそこに仕掛けが流れるように計算してやる。


「そうか、早速やってみようぜ」


 相沢はワクワクしたような顔をすると、俺と離れた場所で竿を振り釣りを始める。

 意外と堂に入った姿で、この夏の間、何度か釣りをしていたのが窺える。


 何度か仕掛けを落としていると「ぐぐぐっ」とした重みが竿先から伝わってきた。

 俺は「あわせ」をいれると、竿を引き、魚を釣り上げた。


 水飛沫がキラキラと輝き、魚が跳ねる。


「おっ、早速釣れたのか、相川。これ、何て魚だ?」


「鮎だよ。結構大きく育ってるし食いでがありそうだ」


 アウトドアということでここは塩焼きがいいだろう。俺は晩飯のおかずを早速手に入れたことに自然と笑みが浮かぶ。


「おっ! 俺の方にも反応があったぞ!」


 俺が釣るのを見ていたからか、相沢も同じ場所に仕掛けを落とし鮎を釣りあげた。


「くうぅーー。やっぱり、釣れると楽しいよな」


「そうだな」


 釣りで一番楽しいのは魚との駆け引きをしている瞬間で、次は食べる時。相沢も順調に釣り好きになってくれているようで笑みが浮かぶ。


「今のところ2匹か、後3匹は釣って戻らないといけないな」


 全員で食べるのなら人数分必要になる。


「どうせなら、賭けをしないか?」


 すると、相沢がそんな提案を持ち掛けてきた。


「賭けだって?」


 唐突だったので、俺は首を傾げると相沢の狙いを探るため目を見る。


「お前、この前からずっと俺に聞きたいことがあるような顔してるだろう? 俺もお前に聞きたいことあるし、負けた方は無条件で相手の質問に一つ答えること。どうだ?」


「相沢がそれでいいなら構わないけど……」


 渓流での釣りは腕がものを言う。魚がいそうな場所を探すこともそうだし、どのように誘いをいれれば釣ることができるか、経験によるところが大きい。

 先に2匹釣った方が勝ちという勝負なら、釣りの経験で勝る俺の方が有利。


「決まりだな」


 そう言うと、やつはニヤリと笑うのだった。





「はい、俺の勝ち!」


「馬鹿な……」


 絶対自信があった釣りの勝負に負け、俺は愕然とする。

 相沢は短時間で2匹の鮎を釣りあげたので、俺は勝負に負けてしまった。


「まあ、俺の手にかかればざっとこんなもんだ」


 そう言ってふんぞり返る相沢の仕掛けの先を見ると……。


「餌がついてるだと!?」


 先程まで、俺たちがしていたのは毛ばりという仕掛けを用いる釣りで、これは鮎が虫と勘違いして食いつくもの。

 それとは違い、相沢が使ったのは魚の切り身で釣る方法だ。臭いが漂う分こちらの方が集魚効果が期待でき、釣ることに適しているのだ。


「叔父さんから渓流の釣りも教わったからな。こいつを使えばイチコロってわけだ」


 先程、俺が釣り方を説明する時には特に何の反応も示さなかったが、元々知っていたということだったらしい。

 この用意周到さと言い、俺は完全に相沢のてのひらで踊らされていた。


「卑怯だとか言うなよ?」


 相沢はからかうように俺の顔を覗き込むと、勝負が有効だと告げる。


「アングラー(釣りをする人)としてそんなことは言わない。負けを認めるから好きに質問をするといい」


 ここにきて往生際の悪い言い訳をするつもりはない。俺は相沢からどんな質問をされるか覚悟していると……。


「今回、俺たちをキャンプに誘った理由だが、俺と里穂の仲を修復するためで間違いないのか?」


 真剣な表情を浮かべる相沢に、俺はドキリとする。


「なんだよ、いきなり。他に何があると?」


 もしかして、相沢は気付いているのだろうか?


「どうしても腑に落ちないんだ。お前は余計なおせっかいを焼くタイプでもないし、もし何かするにしても夏休みが終わる直前というのはタイミングがおかしい。だってそうだろ? 仲を取り持つにしても、学校が始まってからで構わなかったろ?」


 関係が崩れ直ぐに行動していない時点で時間を置くつもりだったので、確かに不自然だ。

 賭けに負けたことだし、ここは正直に言うしかないだろう。


「実は、メッセージの送り先を間違えたんだよ」


「はっ?」


「本当は、他の人を誘うか、最悪一人で来るつもりだった。話が急すぎたからな」


 俺が言葉を続けると、相沢は虚を突かれたような顔をしてこちらを見ていた。


「本当か? あまりにも間抜けな理由過ぎて嘘っぽいぞ?」


「本当だっての! 間抜けで悪かったな!」


 自覚があったので、つい言い返してしまった。


「それより、なんでわざわざそんなことを聞いてきたんだ?」


 俺が相沢と石川さんに仲直りして欲しいと思っていることは、以前あった時に伝えてあった。わざわざ賭けをしてまで聞く必要があるのだろうか?


「こと男女が絡むイベントで、誘う側には必ずそう言う意図がある。これは俺の経験則だからな」


 これまでも、様々なリア充イベントに参加してきた相沢曰く、男女合同で何か遊びの企画がされる場合、そのグループ内には必ず恋愛絡みがあるのだという。


「花火大会の時は里穂の件があっただろ?」


 そう言われるとそうだ。思えば海の家の時も、石川さんは相沢を意識していたし、彼女が相沢に逢いたがっていたからわざわざ来たというのは間違いない。そして、海の家の情報を彼女たちに流したのは……。


 俺が探るような目で相沢を見ていると、


「今回のイベントの企画者は相川だろ? そうなると、俺としては当然疑わなければならなくなる」


 相沢の鋭い視線が俺を見据える。その経験則に従うなら、今回誘った相手の中に俺の意中の人がいるということになるからだ。


 そして、その読みは当たっている。


 相沢が直接その質問をしてこなかったのは、こちらに気を使ったのか、それとも聞きたくなかったのか……。


 しばらくの間、互いに沈黙し、相手の心を読み取ろうと目を合わせているのだが、相沢はふと顔を引くと、いつものように笑みを浮かべ余裕を見せた。


「もしお前が賭けに勝っていた場合、こう聞くつもりだったんだろ?」


 相沢は一呼吸置き、俺が賭けに勝った時にするはずだった内容を発する。


「『相沢、お前はあの中の誰が好きなんだ?』」

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