第44話 学園のマドンナは疑惑の目を向けてくる
『あの中に好きな人がいるんだ。だから関係を終わらせようとした』
あの日、相沢は俺に自分が抱えている秘密を打ち明けてくれた。
そのことがあったからか、この旅行中……いや、それ以前から俺は、相沢があの中の誰のことを好きなのかずっと考え続けていた。
質問する内容を当てられてしまい、俺はどう返事をしてよいかわからなくなる。
しばらくの間、相沢がそんな俺を見ていたかと思うと……。
「なるほど、わかりやすいやつだな」
相沢は「ふっ」と笑った。
「仮に、お前が好きなやつがあの三人にいたとしても、俺がやることは変わらないからな、詮索するのはよしておいてやるよ」
相沢は俺の肩をポンと叩く。
「相川、そろそろ戻ろうぜ」
遠くで呼び掛けてくる相沢に、俺は返す言葉が思い浮かばなかった。
俺たちが釣りを終えテントに戻ると、遊び終えたのか三人も既にもどってきていた。
「うわぁー、一杯釣ってきたね!」
沢口さんが近付いてきてバケツを覗き込んでくる。正面から顔を近付けてきたので、思わず頭突きをされそうになり、俺は身体を引いて避けた。
俺は咄嗟に相沢の方を確認してしまう。
もし、相沢の意中の相手が沢口さんだとしたら、少しは表情に陰りがあるかもしれないと考えたのだが、相沢は普段通りに笑みを浮かべ、感情を隠していた。
「里穂と渡辺さんはどうだった?」
俺が見ていると、相沢は二人に施設の感想を聞いている。
「うん、ボルダリングは初めてやったけど、腕がパンパンになったし、腰も痛くなった。けど、結構面白いかも」
「そっか、一人で黙々とできる遊戯だから里穂に向いているかもな」
「私は、アーチェリーが楽しかったです。最初は上手く的に当てることができなかったんですけど、沢山射っている間に、段々コツがわかってきた気がして、的に当たると気持ちよかったです」
「渡辺さんは運動神経がいいからな。コツを掴むのが早そうだ」
二人との会話をそつなくこなしている。石川さんも渡辺さんも楽しそうに相沢と談笑していた。
「……ねぇ、相川っちったら!」
「えっ? ごめん、何?」
向こうに集中していたせいか、沢口さんのことを放ったらかしにしていてしまったようだ。
彼女はむくれた様子で俺を睨むと、
「この釣ってきた魚をどうやって食べるのか聞いてたのっ!」
「それなら、やっぱり塩焼きかな。鮎に塩を振って焚火の火でじっくり時間をかけて焼き上げるんだ。鮎は頭から尻尾まで食べられるから、大胆にかぶりつくことができるよ」
「へぇ、それは、私みたいな上品な女の子にはハードルが高いけど、頑張ってみるね!」
「いや……それはない!」
一瞬、誰のことを言っているのかと思ったが、沢口さんのボケに対して突っ込みを入れておく。
普段なら、ここで怒る沢口さんなのだが、なぜか妙に嬉しそうな顔をして俺を見ている。
「どうしたの?」
予想が外れてしまい、肩透かしを食った俺は、思わず沢口さんに確認する。
「いつも通りの相川っちだなと思ってさ。こうして一緒にキャンプに来られたのが嬉しいんだよ」
それは俺の方もそうだ。
沢口さんと話すようになったのは、夏休み前くらいからなのだが、ここまで的確に突っ込みを入れたくなる相手はいなかった。
彼女と軽口に懐かしさを覚え、楽しくなってくる。
何気なく、沢口さんと見つめ合うような形になってしまい、俺は自分も抱いている気持ちを伝えようかと考えていると……。
「相川っち、ありがとう」
彼女は顔を寄せると、少し恥ずかしそうにそう囁いた。
「私、もうこんな時間をもてないと思ってたから……、私が壊しちゃったもの相川っちが直してくれて……」
他の三人に聞かれたくないからなのか、沢口さんは顔を近付け心情を吐露する。
「俺だって、このままは嫌だったから。普段あまり人と関わらない俺だけど、皆と、沢口さんと話す時間は楽しかったんだ。だから、今こうしていられるのが嬉しい」
失ってしまう恐怖を覚えたのは何も彼女だけではない。俺だって関係が修復できたことに喜びを覚えている。
かなり恥ずかしいのだが、沢口さんが真剣な分、俺も勇気をもって本心を告げてみたのだが……。
「そっかぁ、うんうん。相川っち、そこまで私のことが好きなのかー!」
「ちょっ!?」
沢口さんは急にいつもの様子に戻ると、皆に聞こえるように大声で何やら叫び始めた。
「おいおい、何だ? カップルの成立か?」
「真帆、おめでとう?」
「相川君?」
相沢がからかって、石川さんは首を傾げながらも祝福の言葉を口にする。
渡辺さんは満面の笑みを浮かべているのだが、口元がまったく笑っていない。まさか沢口さんの冗談を真に受けてしまったのだろうか?
「いや、いつも通り、沢口さんが適当言ってるだけで! そんな気は一切ないから!」
俺は慌てて二人に対し、誤解なのだとアピールするのだが……。
「むー、流石にその言い方は酷いと思うよ? 相川っち!」
あちらを立てればこちらが立たず。沢口さんは割と本気の怒りを見せ、俺を睨んできた。
「真帆と相川って波長がピッタリ合ってる感じ、お似合いかもね?」
石川さんがそんな爆弾を投下するので、俺は気が気がじゃなく、渡辺さんから鋭い視線を向けられる。
そんな状況の中、沢口さんは俺だけに聞こえるように顔を寄せると、
「本当に、ありがとうね」
御礼を告げ、走り去っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます