第45話 学園のマドンナは近付きたい

 女性陣がキッチンスペースでワイワイとバーベキューの準備をする間、俺たちは食材を焼くための火を起こしていた。


「しかし、暑いな……」


 時刻は夜の6時を回ったばかりなのだが、空はまだ青く気温も高い。

 そんな中、火の前に立っているのだから、俺も相沢も汗だくになっている。


 俺は釣ってきた鮎の口から串を通すと焚火台に刺していく。

 相沢は俺の近くまで来るとコップに麦茶を注ぎ喉に流し込んだ。


「ぬるい。バーベキューの前に飲み物買ってこようぜ」


「そうだな、流石にこれはきつい」


 明らかに補給するよりも早く水分が身体から抜けていく。このままでは脱水症状がでかねないので命の危険を感じた。


 トングで炭を寄せ、鮎の配置にも気を使う。


「もっと近くで焼いた方が早く火が通るんじゃないか?」


 相沢はそんな俺の行動をみて疑問を浮かべた。


「川魚は強火の遠火でじっくり焼くのが一番美味いんだよ」


「へぇ、そう言えば屋台とかで売ってるのもずらりと囲むように焼いてるな。てっきり見栄え重視なのかと思ってた」


 釣りに関しては今回相沢におくれをとってしまったが、魚の調理に関してはまだまだ負けるわけにはいかない。

 俺が相沢に料理のポイントについて話をしていると……。


「おまたせー、串焼きを一杯作ってきたよー」


 沢口さんがジュースのペットボトルを両手に持ち、近付いてきた。


「こっちは肉と野菜を挟んでるやつ」


「こちらは海鮮と野菜です」


 石川さんと渡辺さんがそれぞれトレイを持ってきている。その上には美味しそうな肉や海鮮が刺された串が大量に並べられていた。


「そっちはどう?」


 沢口さんがこちらの様子について聞いてくる。


「鮎は今、火にかけたばかりだから30分は置きたいかな?」


「えええっ! 早速食べたいのにぃー」


「相川のこだわりってやつだから仕方ないさ」


 沢口さんが不満を言うと、相沢がそれに乗っかり俺をからかった。


「今回、俺が三匹釣ったからな。あまりの美味しさに驚くなよ、真帆」


「ふーん、じゃあ私は相川っちの釣った方を食べるよ」


「いや、流石に見分けがつかないんだけど……」


 大きさも同じくらいだし、正直どちらでも構わないと思っている。


「相川君、串を並べていってもいいですか?」


「暑いから早くしよ!」


 渡辺さんが質問をして、石川さんが急かしてくる。


「おおおおっ! どんどん焼いていこう!」


 沢口さんの音頭でバーベキューが始まった。






 目の前で焼かれている肉を食べながらも、俺は鮎の焼け具合に注意を払っている。

 バーベキュー台から離れた場所では相沢と沢口さん、石川さんと渡辺さんが笑顔で話をしながら食事を楽しんでいた。


 予約していたお客さんとやらが余程奮発したのか、霜降りたっぷりの肉と、アワビなど高級海鮮が人数分用意されている。

 アルミホイルの上ではアワビのバター焼きなどが良い香り漂わせ、食べられる時を今か今かと待っているようだ。


「あ、相川君……食べてますか?」


 食材の食べごろを見計らっていると、渡辺さんが声を掛けてきた。

 石川さんの様子を見ると、離れたところにいる沢口さんと相沢に合流して、何やら楽しそうにしている。


 三人が特にこちらに注目していないのを確認すると、俺は渡辺さんに返事をした。


「うん、本当に美味しい肉だよね。これは他の料理にも使ってみたかったな」


 炭火で焼くのも勿論美味いのだが、これほどの肉なら霜降りの脂を一滴たりとも無駄にしたくない。

 油断すると脂に火が着き焦げてしまうので、見張ることは欠かせないのだ。


「そ、そうですか……美味しく食べているのでしたら結構です」


 渡辺さんがそう言うと、会話が終了してしまう。

 俺と彼女の間に気まずい空気が流れた。


「もう少し、普通に接しても大丈夫だよ?」


 俺と渡辺さんが付き合っていることは、今のところ誰にも内緒だ。

 なので、このキャンプの間、俺たちは付き合う前の距離間を意識しようと決めたのだが……。


「それが……最近ずっと一緒にいたので、付き合う前の相川君との距離間というのが思い出せなくて」


 上目遣いで何とも可愛らしいことを言い出した。一瞬俺も、距離間を忘れて頭を撫でてしまいそうになるのだが、流石にこのメンバーがいる場でそれをするのがまずいと理性がストップをかける。


「まあ、それは……なんとか頑張ってみようよ」


 辛いのは渡辺さんだけではない。あまり近付かれてしまうと、俺も彼女に触れたくなってしまうのでお互い様だ。


「実は私不満があるんです」


 ところが、渡辺さんはキッと俺を睨みつけると小声で言う。


「私が相川君の彼女さんなのに、相川君は真帆さんや相沢君とばかり一緒にいるじゃないですか」


 元々、沢口さんは関係なしに話し掛けてきたし、相沢は同性ということもあって、一緒に行動するのが当然となっている。


「せっかくのキャンプなのに、二人きりになれないのが残念なんです」


 渡辺さんはそう言うと、可愛らしく頬を膨らませた。


「あー、ごめん。俺がメッセージの送り先を間違えたから」


「い、いえいえ。これは私のワガママですから。それに、里穂さんと相沢君の関係も良好に戻りましたし、真帆さんも楽しそうですから」


 このグループの仲の修復は俺も渡辺さんも望んでいた。今まさにそれが叶った以上、咎めることはないようだ。


 渡辺さんはそう言いつつもどこかしょげた様子を見せていた。

 俺は三人の――(特に相沢)視線に気を使いながら彼女に顔を寄せると、


「この埋め合わせはきっとするから。今度は二人で出掛けよう」


 彼女を元気づけたくてデートの約束を取り付ける。


「はい! 是非に!」


 先程までへこんだ様子を見せていた渡辺さんだが、俺がそう言うと満面の笑みを浮かべ返事をするのだった。


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