第41話 学園のマドンナは家で寛いでいる

 夏休みもいよいよ残り一週間となってしまった。

 宿題については、毎日遅くまで頑張ったのと、渡辺さんが世話を焼いて解き方を教えてくれたので片付けることができた。


 そんなわけで、特にやりのこしたこともなく残りの夏休みを満喫しているのだが……。


 俺は家のリビングにいて、ソファーに座りながらスマホを弄っている。目の前に置かれたテレビでは、キャンプ特集ということでグランピング施設が紹介されていた。


 手ぶらで行って手ぶらで帰ってこられる。近くに釣り堀もあって釣った川魚をその場で焼いてくれるサービスもあるのだとか……。

 以前、図書館でキャンプ系の本を読み漁ったこともあってか、それなりに興味があり、ついつい見入ってしまう。


 ここまでなら、ごく普通の夏休みの過ごし方なのだが……。


「ほぇーー」


 隣に視線を向けると、渡辺さんがいる。

 今日も完璧にお洒落な格好をしている学園のマドンナは俺の視線に気付くことなく番組内容に釘付けになっていた。


 なぜ彼女がいるのかというと、先週、一緒に宿題をした後、流れで家にくるようになった。

 彼女は、俺の淹れる珈琲を気に入ってくれてしきりに褒めるので、俺も気分が良く、「渡辺さんが飲みたければいつでも淹れるから」と言ったのだ。

 その日から、毎日というわけではないが、渡辺さんに用事がない日は大体家を訪ねてくるようになった。


 最初は恋人を家に招くことに緊張していた俺だが、彼女が特に気にした素振りを見せないので段々と慣れていき、今ではこうして隣に座っているのが当たり前なのではないかと錯覚するようになっている。


 番組が終わり、渡辺さんがテレビから目を逸らし俺へと顔を向ける。


「今の番組、面白かったですね」


 キャンプに興味をもったのか、目をキラキラ輝かせながら番組について語っている。


「そうだね、調理場やシャワーもあるし、他の施設も充実しているからキャンプの面倒くさい部分がないし、気軽に行けそうだよね」


 俺だけのキャンプなら、不自由があってもその場の勢いで良い経験にできそうなのだが、渡辺さんのような女性は、それなりに設備が整っている方が安心だろう。


「アウトドアチェアに身を委ねて見る夜空はさぞ綺麗なのでしょうね」


 先程の番組で満天の星がアピールされていた。俺と渡辺さんがキャンプをしている姿を想像する。

 横に彼女が座り、焚火の音を聞きながら、淹れたての珈琲を啜る。考えただけで楽しいに違いないと確信できる。


 そんなことを考えていると、急に珈琲が飲みたくなってくる。


「渡辺さん、珈琲淹れるけどいる?」


「はい、お願いします。昼食後で少し眠くなってきていたので嬉しいです」


 午前中に家を訪ねてきて、昼食を摂り、リビングでまったりしていたのだ。彼女は目じりを下げるとやや眠そうな顔をした。

 そんな、家で寛ぐような渡辺さんを見られるのは俺だけの特権。誰にとも知らず優越感を覚えてしまうのだが、今は彼女の目を覚ませてやるのが大事だろう。


「うん、わかった。待っててね」


 俺はカップに砂糖を一粒とミルクを用意すると、早速彼女のために珈琲を淹れ始めた。



          ◇




 夏休みも今日を除けば六日で終了となる夜、俺は渡辺さんとメッセージでやり取りをしていた。


 日中も一緒に過ごしているというのに、どうしてこんなにも話すことがあるのか?

 その日の夜にあった些細な報告も、自分がいない時の彼女の様子を聞いていると思うと楽しく思えてくる。


 ふと、スマホの画面に花火大会の時のグループが目に映る。あの日以降、一切、誰からもメッセージが発せられることがなく、順番が下へと追いやられてしまっていた。


 このままでは、スライドしないと見えなくなる。それは嫌だと思った俺は、渡辺さんとのやり取りと同じように、表示を上に持って行き固定することにした。


 渡辺さんとのやり取りの下に花火大会のチャットルームが表示される。その並びに満足している間にも、彼女からのメッセージが届いていた。俺は慌てて返事をしないと考えるのだが……。


 ――コンコンコン――


 部屋がノックされる。


「はーい」


 俺はスマホの画面を消し、返事をすると、父親が入ってきた。


「どうしたの?」


 父親が部屋を訪ねてくることは珍しい。

 夕飯時に用事について話したらその後はテレビを見たり晩酌をして寛いでいる。


 そんな父親の行動に俺は首を傾げた。


「実は取引先の人から連絡があってな、キャンプに行く予定だったらしいんだが、予定ができたらしく、予約をキャンセルしなければならないらしいんだ」


 父親はスマホの下の部分を指で押さえながら俺に話をする。


「なるほど……?」


 話が見えてこない俺は首を傾げた。


「それで、どうせキャンセル料が発生するならと、無料で俺に権利を譲ってくれるらしくてな、俺は仕事で行けないんだが、お前確かキャンプに興味あっただろ?」


 以前にキャンプにも興味があるような話をしたことがある。父親はそれを覚えていたのか、今回の件を聞いてきた。


「日程が明後日から一泊二日と急なんだが、お前行くか?」


 確かに急すぎる。だけど、既に宿題も終えて新学期を迎えるだけの身としては、夏休みにもう一イベントあるというのはワクワクしてきた。


「うん、それ行きたい。お願いしてもいいかな?」


「わかった、後で詳細をメールで送るから。それを見ておいてくれ」


 そう言うと親父は部屋からいなくなった。

 日中、渡辺さんが目をキラキラさせてテレビを見ていたことを思い出す。


 もしかすると、断られるかもしれないが駄目で元々。

 俺はキャンプに行けることに興奮しながらチャットルームを開くと、


 良一:父の取引先からキャンプの権利を譲ってもらったんだ。急な日程になるんだけど、明後日から一泊二日で行かない?


 メッセージを送った。


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