第16話 学園のマドンナの友人がからかってくる
「おはよう、相川っち」
「お、おはよう?」
渡辺さんと水族館に行った翌日の月曜日。
いつも通りの時間に通学していると、うしろから沢口さんに声を掛けられた。
「あれー? 今日は髪をセットしていないんだね」
沢口さんは俺の横に並ぶとこちらをじっと見てそんな言葉を投げかけてくる。
「あー、あれはまだ慣れてないから……」
俺は彼女から視線を逸らすと気まずそうに頬を掻いた。
昨日の水族館の時もワックスを使っていない。
一度練習してみたのだが、店員さんや相沢みたく綺麗に髪が纏まらず、背伸びしている感が出ていたからだ。
「惜しいなぁ、せっかく相川っちのデビューを見られると思ったのにさぁ」
「デビューって……しないから」
コロコロと表情が変わり、からかいの中にも親しみを感じる。
流石はトップカーストだけはある。距離の詰め方が素早く、俺は押されっぱなしになってしまった。
「ところで、その『相川っち』というのは?」
そんなことよりも気になったのが名前の呼び方だ。これまでの人生でそんな名前で俺を呼んだのは沢口さんが初めてだ。
「駄目だった?」
彼女はキョトンと目を丸くすると首を傾げる。大きなクリっとした瞳が目に飛び込んで来た。
「…………駄目ということはないけど」
これまで生きてきた中でそのように呼ばれたことがない。
これではまるで友だちではないのかと考える。
俺と沢口さんの接点は相沢で、まともに話をしたのも先日のカフェが初めてだ。
彼女のことを決して嫌っているわけではないが、距離が近いので少し苦手意識を持っている。
「代わりに、相川っちも私のこと真帆っちって呼んでもいいよ」
彼女は自分を指差すとそんな提案をしてきた。
「呼びません」
そこまで応じたら、完全に親しい間柄になってしまう。自分が沢口さんを「真帆っち」と呼んでいる姿を想像するだけで背筋が寒くなる。
トップカーストの沢口さんと俺の組み合わせは目立つらしく、登校中、他の生徒の注目を集めていた。
「ふふふ、相川っちは結構面白いよね」
断ったことがツボに入ったのか、彼女は歩きながら笑っていた。
昇降口に到着したのでわかれる。
「それじゃあ、またね!」
沢口さんは俺に手を振ると自分の下駄箱へと向かう。
彼女の声は良く透って、そのお蔭で注目した俺はその場で固まるのだった。
「なんか、真帆と仲良くなったらしいじゃないか?」
昼休みになり、相沢が席に近付いてくる。
先週は釣りに行かないことを伝えていたので料理はない。それにもかかわらず話し掛けてくるのは、早速噂を聞きつけたかららしい。
「別に、仲良くなったわけじゃ……。一昨日あった時のことを話しただけだし」
相沢の言葉に疲労が積み重なるのを感じる。今朝のことを相沢が知っているということはそれなりに噂になっているのではないかと考える。
「たまたま知り合いが前を歩いていたから、暇つぶしに声を掛けただけじゃないか?」
実際、沢口さんはからかうような様子だったし、終始笑顔で話し続けていた。通学の暇つぶしと考えればしっくりくるのだ。
「あいつは興味がないやつには話し掛けたりしない。お前、気に入られたんだよ」
相沢が言うと説得力がある。この男はスポーツ万能のイケメンで、しょっちゅう女の子から声を掛けられているからだ。
「まあ、どちらにせよ、今だけだと思うぞ」
相沢の横に面白そうなやつがいたので興味を持っただけ。このまま放っておけばじきに関心を失ってくれるに違いない。
「お前は、どうも自分のことを過小評価しすぎるというか、意図的に隠れようとする癖があるよな?」
「そんなことはないとおもうけど……」
少しだけ真面目な顔をする相沢に、俺は歯切れが悪く返事をしてしまう。
「頭もいいし料理もできる。この前の球技大会だってボールを回してあまり目立たなくしていたが、かなり活躍していただろ」
「それは、一般技能の範疇だろ?」
どれもそつなくこなしているだけだ。本当に練習に打ち込んだ人間に敵うような技術を持っているわけではない。
「お前に足りないのは自信だな。というわけで、今度ワックスの付け方を手ほどきしてやるよ。あの時の里穂と真帆みたいに今度は学校のやつらの度肝を抜いてやろうぜ」
「いや、やらないからな?」
相沢といい、沢口さんといい、どうしてこうも悪戯が好きなのか?
結局、昼休みの間、俺は相沢の言葉を躱し続けることになるのだった。
「あーっ! やっと試験が終わったああああああ!」
相沢が叫び、戻された答案用紙をぶちまける。
「相沢、うるさいぞ」
ひらひらと宙を舞う答案用紙、目に映る感じ赤字のチェックが多い気がするのだが、どうやら赤点は逃れているらしい。
「お前は夏休みが楽しみじゃないのか!!」
とはいえ、俺も十分に浮かれている。
天候と期末試験に挟まれ、ここのところあまり釣りをしていない。
試験結果はまずまずといったところなので、父親に成績表を提出すれば、あとはやりすぎない程度に羽目を外しても構わないだろう。
「楽しみに決まっている! 誰よりも俺が望んでいたくらいだ!」
なので、普段よりもテンション高く、俺は相沢に応じた。
「海やプールに山、夏祭りに花火大会……俺たちの前には希望が広がっているぞ」
「ああ、海釣りに渓流釣りにキャンプ、秘境の温泉というのも捨てがたい」
相沢に共感してこの夏で叶えたい願望を口にするのだが……。
「せっかくの高一の夏休みにお前……」
何故か白い目で見られてしまった。
「もう少し、女の子と仲良くなりたいとか、そんな願望はねえのかよ!」
相沢は真剣な表情で俺の肩を掴むと揺らす。そして、高一という人生で一度しか訪れない夏休みを有意義に過ごすべきだと力説した。
「とはいえ、女子と一緒に遊ぶようなイベントを起こすには、事前にコツコツと積み重ねが必要になるだろう?」
一緒にプールに行ったり、一緒に夏祭りに行ったり、花火を見ながらの告白イベントというのは、相手を誘うことから始めなければならない。
相沢ならばともかく、受け身で周囲とあまり関係を深めていない俺には無縁なもの。
夏本番の今になって慌てたところで手遅れだ。
「そんなことより、例のバイトの件だけど、本当に大丈夫なのか?」
先程、夏を満喫するようなことを言っていたが、それにはまず先立つものが必要になる。
相沢と一緒に試験勉強をしている際「夏休みはバイトする」と話題に出したところ「だったら一緒にやろうぜ」と誘われたのだ。
親戚のところだから面接もフリーパスだという。面接という苦行をパスできるという魅力に抗えず頷いたのだが、ちゃんと先方さんに話が通っているのか確認する。
「ああ、それなら問題ないぞ」
相沢の返事に安心する。
「今週末からだから、数日分の着替えと水着を持って駅集合でいいよな?」
「うん? 着替え? 水着?」
一体、どのようなバイトなのだろうか?
俺が首を傾げていると、相沢は何かを企むような笑みを浮かべると、
「俺に任せておけ。お前には最高の夏の思い出を作らせてやるからさ」
そう言った。
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