第17話 学園のマドンナはその場にいない
「すみませーん、こっち注文いいですかー?」
「はい、少々お待ちください!」
返事をすると、タブレットを手にテーブルへと向かう。
「お待たせしました。注文をどうぞ」
テーブル脇に書かれている番号を最初に入力すると顔を上げる。
そこには水着姿の大学生くらいの男女がいた。
「俺は焼きそばとラーメンとコーラで」
男の方が豪快な注文をする。身体が鍛えられていて腹筋も割れ、きつね色の健康色の肌が見える。
「私はかき氷にしようかな」
対して、女の方は小食だ。肌も白く日差し避けの傘が脇に置かれ、パーカーを身に着けていた。
二人は恋人同士のようで、互いに向ける視線が柔らかい。
「ご注文を繰り返させていただきます。焼きそばが一つ、ラーメンが一つ、コーラが一つ、それとかき氷で宜しいでしょうか?」
「ああ、あってるよ」
俺が確認をすると男の方が返事をした。
最後に、確定のボタンを押せば注文が厨房に通ることになっている。
同じやり取りをしなくても済むので、便利なものだ。
一仕事やり遂げてホッと息を吐くと、目の前の二人は食べた後どうするかの相談をし始めた。
「相川、そっちのテーブル片付けておいてくれ」
相沢の声が聞こえる。
「了解」
相沢は店の外に設置された屋台で、シャツと短パン姿で焼きそばを作っている。
この炎天下ということもあってか、汗だくになっているのだが、店の外での焼き物というのは集客にも繋がりやすく、外で買った食べ物を店内で食べている若者の姿が結構見える。
「相川君、注文の品が上がったから運んでくれ」
「わかりました!」
テーブルを片付け、カウンターに行くと、オーナーが料理を置いている。
俺は返却口に食器を置くと、先程のカップルの元へと料理を運んだ。
「ふぅ、暑いな……」
昼時ということもあってか、店内は混雑しており、他のバイトもせわしなく動き回っている。
なぜ俺が、このような状況になっているのかというと、相沢の紹介するバイトというのが、浜辺にあるカフェでの接客だったからだ。
電車に乗る時にもバイトについて確認したのだが、相沢は現地に着くまで一切俺に情報を与えなかった。
お蔭で俺は突然接客業をやらされているというわけだ。
「相川君、忙しいからって水分補給は怠らないようにね!」
オーナーはできた人らしく、他のバイトにも目を配り声を掛けている。彼は相沢の親戚らしく、バイトの間はオーナーが経営している宿に泊まらせてもらうことになっていた。
「今がピークタイムだから、皆頑張ってくれよな」
日に焼けた健康的なおじさんで、顔立ちが整っているので相沢の家系なのだなと思う。彼自身のファンもいるのか、女性のみの組み合わせで通っているお客さんがしきりに話し掛けているのを何度か目撃した。
俺は、オーナーに言われるままに水分を補給すると、ピークタイムを乗り越えるまで頑張って注文を捌き続けるのだった。
「ふぅ、やっと落ち着いたな」
昼時を過ぎ、客の入りが落ち着いたので、店内にはまばらに飲食している海水浴客がが数組いるだけとなっている。
バイトの半数は休憩に入ったが、夕方までのシフトの俺と相沢はそのまま店内にいた。
「流石に疲れたな」
暑い中での接客だ。普段に比べて何倍も汗を掻いて体力を削られている。
追加の客が来ない限りは座って休んでいていいとオーナーに言われれているので、俺と相沢はドリンクサーバーで作ったジュースを飲みながら一休憩していた。
「やっぱり、球技大会でお前を見出した俺の目に狂いはなかったな。慣れていないやつなら今頃疲労困憊して口も利けないはずなんだが……」
相沢は、親戚の伝手ということもあってか、毎年このバイトをやっているらしい(去年はあくまで家の手伝いという名目)。
「見出されて不幸だよ」
覚悟を決める間もなく相沢のバイトに巻き込まれたのだ。バイト先まで電車で五時間も掛かったことも含め、相沢にしてやられた感がある。
もっとも、バイト代は高額なので、条件に釣られてしまった自分にも非はあるのだが……。
「大体、最高の夏の想い出を作らせてやるってのはどうなった?」
今のところ、バイトでの苦しみしか味わっていない。別に相沢の言葉に期待をしていたわけではないが、これでは広告詐欺もいいところだ。
「そっちに関してはまあおいおい――」
俺が相沢に抗議をしていると、相沢の視線が動き、言葉を途中で止める。
「やっほー、相沢」
背中から女の子の声がする。
「おっ、来たか。里穂」
「えへへへ、来ちゃった」
「その水着似合ってるな、真帆」
後ろを振り返ると、白い水着を身に着けた石川さんと、黄色い水着を身に着けた沢口さんが立っていた。
石川さんは普段の明るい様子ではなく、妙に顔を赤くして恥じらう様子を見せ、相沢に視線を送っている。
「ありがと、相沢」
「里穂も似合ってるぞ」
「あ、ありがと……」
相沢は二人の水着姿を褒めると、
「二人とも何か飲むか?」
「じゃあ、オレンジジュースで」
「私はアイスコーヒーがいいなぁ」
石川さんはオレンジジュースを注文し、沢口さんはアイスコーヒーを希望した。
立ち上がり、ドリンクサーバーに向かおうとする相沢。
「いいよ、俺が作ってくる」
突然現れた同級生(しかも水着姿)とその場に残されるのは気まずい。俺は相沢に代わって飲み物作りをすることにした。
「そうか、助かるぞ」
「ありがとうね、相川君」
「私の飲み物にはたっぷり愛情を注いでよね」
「愛情って……、うちにはそんなメニューありませんから」
律儀に沢口さんの冗談に応じると、俺は飲み物を作りに行く。
コップを並べ、氷を入れてボタンを押すだけ。
ついでに、ドリンクの元がまだ十分にあるかの点検もしておく。
数分作業をした後、俺は自分たちの分の飲み物も用意すると、席へと戻った。
「おっ、サンキューな」
「はぁ、喉が渇いてたから最高!」
「うん、とても美味しいよね」
それぞれが、そんな感想を述べ喉を潤わす。
俺は相沢に視線を送った。
「ああ、里穂と真帆も海水浴に来たんだよ」
何故彼女たちがいるのかについて、相沢は悪戯な笑みを浮かべると説明した。
「いやー、ここで相沢と相川っちがバイトするって聞いたからさ。冷やかしついでに旅行を計画してみたんだー」
沢口さんが事情を補足してくれた。
なんでも、夏休み中に俺と相沢がこの浜辺のカフェでバイトをすることを事前に聞いていたらしく「だったら私たちで遊びに行くから」と旅行を計画したのだという。
「そんな目的で、わざわざこんな遠くまできたの?」
近場の海水浴場もあったはずなのだ。わざわざ電車で五時間も掛かるこの場所を選ぶ意味はない。
「そりは……まあ、目的はねー」
沢口さんは意味深な目で石川さんを見る。
石川さんは少し照れた様子を見せ俯いてしまった。
「目的って?」
俺は沢口さんに目的について詳しく聞こうと促すのだが、
「それは相川っちだよ!」
「へっ? 俺?」
沢口さんは俺を指差す。あまりにも想定外な答えに、俺は自分を指差すと目を丸くした。
「いつになっても相川っちが髪をセットしてこないからさ。ここならレアな相川っちを観察できるからね」
確かに、今日の俺は接客のために髪をワックスで固めている。すべては相沢の仕業なのだが、目に髪がかからなかったので便利ではあった。
「ふふふ、俺がお前の髪型をセットしたのは、まさにこの時のためだったのさ」
ここで相沢がネタ晴らしをした。どうやら、沢口さんを引き寄せるため、ワックスの使い方を教授する名目で、俺の髪型を整えたようだ。
「それで、二人とも大変だったんじゃないか?」
俺が固まっていると、相沢は二人に質問を重ねる。
「本当にね、数歩あるくたびにナンパされて苦労したし」
石川さんがうんざりした声を出した。
「いやー、爆釣だったよぉ。夏の海を甘く見てたね」
整った顔立ちをしているこの二人なら無理もない。何せ、学園でも渡辺さんと並んで映えるトップカーストの一員なのだ。
「これで美沙が一緒だったらどんなことになったか……」
「渡辺さんは参加してないんだ?」
ここで彼女の名前が挙がったので聞いてみる。渡辺さんは学園で良くこの二人と行動をともにしているので、旅行というからには一緒なのかと思ったのだが、姿が見えないので気になった。
「美沙は家の用事があるからって……」
石川さんがそう告げる。どうやら誘ったけど都合がつかなかったらしい。
「なんだ、相川。もしかして残念がってるのか?」
相沢がからかいの表情を浮かべ、俺を見てくる。
「別に、いつも三人一緒だったから気になっただけだよ」
確かにここに渡辺さんがいないことは残念でもある。だが、彼女と接点がないことになっているので、表立って漏らすこともできないでいた。
「まあ、相川っちの相手は私がしてあげるからさ」
沢口さんが冗談を言葉にし、からかいの笑みを浮かべる。
「また、そういうことを言うんだから。お代わりいる?」
「うん、頼んだ!」
彼女の冗談にも慣れてきたので上手いこと流すことができた。
俺は、ふたたびドリンクサーバーへ向かうと四人分の飲み物を注ぐのだった。
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