第53話 学園のマドンナは授業を選択する
『相川君、選択授業は何にするか決めましたか?』
帰宅して、しばらくたってから渡辺さんから電話が掛かってきた。
切り出された内容は、本日のホームルームで出た特別授業についてだ。
「今のところ決めてないけど、渡辺さんはどうするの?」
『私は……色々興味はあるのですけど、今回の授業を将来の参考にする、とかはあまり考えていませんね』
「まあ、確かに。俺たちまだ高校に入学したばかりだし、この先も大学に入ったり色々あるだろうから……」
学びたいと思った時、学ぶ時間はいくらでもあるので、今回の特別授業を深くとらえる必要はないだろう。
『本当は、相川君と同じ選択授業が良いのですけど……』
通話口から聞こえてくる渡辺さんの声に、俺はドキリとする。
『ですが、学業ややりたいことはわけて考えようかと思っています』
「うん、その方がいいと思うよ。俺のやりたいことが渡辺さんの選択を潰すなんてのは嫌だからさ」
渡辺さんはこちらを立ててくれることが多く、これまでの付き合いなら俺が選択科目を言えばあわせてきてもおかしくなかった。
だけど、付き合っているとはいえ、勉強に関しては一歩引くくらいがちょうどよい。
『それに、一緒に授業を受けなくても私が一番相川君の傍で勉強できますし』
その言葉に、週末の度に一緒に勉強をしている光景が思い浮かんだ。
確かに言われてみれば、結構な頻度で家を訪ねてきては肩を並べて勉強をしている気がする。
「それじゃあ、お互いに何を選んだかは特に言わないってことで」
『ええ、結果を楽しみにしています』
そう言うと、渡辺さんとの通話を終えるのだった。
「選択教科の発表をする」
翌週の水曜日、授業を終えてホームルームになると教師がそのような言葉を口にした。
「張り出した紙に生徒全員の名前が書いてある。当日必要な物や授業内容も書いてあるから、必要ならメモをしておくように」
教師はそう言うと教室を出ていく。
「俺らは後で見に行くか」
それと同時に、クラスメイトが我先にと自分が受ける授業を見に向かったので、俺と相沢は混み合うのを嫌がり席に待機していた。
しばらくして、他の生徒も大体チェックを終えたのか張り紙の前が空いてきた。
俺と相沢は席を立ち、自分たちが受ける授業を確認する。
「おっ、俺は第一希望が通ったな」
ふとそう言われて振り返ってみると『水産』の授業のところに相沢の名前があった。
この授業では漁業や養殖、海洋などの基礎について徹底的に教えてくれるらしい。
特別授業の中でも、普段の生活で使わないような知識がメインということもあってか、あまり人気がなく、張り紙の生徒欄には空白がある。
「本当に『水産』にしたんだな」
相沢ならなんだかんだで『工業』を選ぶと思っていた。
汎用加工機や旋盤などを使って部品を作る授業を体験できるらしいし、俺も少し悩んだから。部品を作れるというのなら釣り具をちょっとカスタマイズすることもできるのではないかと考えたのだ。
そんな風に、何でも釣りに結び付けて考えていると……。
「おっ、相川の名前もあったぞ。お前は……ふーん『家庭科』ね?」
「ああ、今回はとりあえず自分ができることにしておこうかなと……」
家庭科の授業では料理を作ることができるらしい。子供のころから料理をしているので、これならば誰の足を引っ張ることなく無難に過ごせると判断した。
「おっ、知ってる名前があるな。喜べ相川、一人じゃないみたいだぞ」
「えっ?」
相沢の言葉に、俺は張り紙の名前を順番に見始める。
もしかすると、渡辺さんと同じ選択をしたのか…………。
「にししし、当日はよろしくね。相川っち」
「う……うん、よろしく」
翌日、昼休みになると沢口さんが教室を訪ねてきた。
周囲から視線を向けられているのだが、夏休み前にも彼女との噂が立ったことがあったので、その時にくらべるとましなくらいだ。
「いやー、まさか相川っちが一緒だとは思わなかったよ」
そう、俺の他にもう一人『家庭科』を選択していたのは沢口さんだったのだ。
「沢口さんこそ、何で家庭科にしたの?」
俺は彼女に聞いてみる。
「私、読モやってるじゃん? 服を着る時にアレンジをしたりするんだけどさ」
そう言った彼女を見ると、制服に色々手が加えられているのが見て取れる。
スカートの長さだったり、ボタンが違っていたり……。
「それで服飾にも興味がでてきたんだよ。家庭科ならその辺のさわりだけでも教えてくれるらしいから選んだの」
「なるほど、そう言う理由か」
確かに、彼女の言葉を聞けば納得だ。
「相川っちは? 何で家庭科? この授業、男子はほとんど選んでないよ?」
「それは……家事とか料理ができるからちょうどいいかなって消去法」
後から知ったのだが、男子は『工業』を選ぶ人間が多く、女子は『家庭科』を選ぶ人間が多かったらしい。
そのせいもあってか、家庭科の授業は、男子1割女子9割と偏っている。
「もしかして、調理実習の時にグループ作ることも知らない?」
「それは……授業内容を見てわかったけど……」
実はそれを読んだ時から少し気が重くて仕方なかった。
「ねぇ、相川っち? 私と組みたい? 組みたいよね?」
目を輝かせて聞いてくる。
「くっ……」
俺が他の人に慣れていないのを知ってるからか、沢口さんがからかいの笑みを浮かべてくる。
「相川っちがどうしてもって言うのなら……」
彼女が口元に手を当て、俺が縋りたくなりそうな提案を口にしようとした瞬間、
「家庭科の料理の班分けは教師側でするらしいぞ」
相沢が横から口を挟んで来た。
「なんでえええ! せっかく、相川っちの手料理を食べるチャンスだったのに!?」
「真帆の方が組みたいだけじゃねえかそれ……」
二人のそんなやり取りを聞きながら、俺は知らない人たちと組むことに胃が締め付けられそうになるのだった。
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