第52話 学園のイケメンは将来に意外と真面目
「相川、最近釣りに行ってないのか?」
夏休みが開けてから数週間が経ち、相沢がそのようなことを言い出した。
「あー、まあ、あまり釣れてなくてな……」
実際のところ、釣れていないわけではないのだが、これまでと違い渡辺さんと一緒に釣りをしてその後勉強までする流れができてしまっているので、消費が間に合ってしまっているのだ。
彼女には門限があるので、二人の時は遅くまで粘って釣りをしないこともその要因の一つ。
結果として、ここ数週間、相沢は魚にありつけなくなっていた。
「なんだよ、せっかく楽しみにしているのによ! お前の料理なしじゃ部活までスタミナも残んねえんだよ」
相沢はそうぼやくと、最近部活の練習が激しいことを愚痴ってきた。
「まあ、とりあえず、そろそろ魚が釣れる時期になってくるし、アジとかサバなら持ってこられるようになると思うからさ」
俺はとりあえずそう言って相沢をなだめるのだった。
昼休みになり、相沢は今日は部活のミーティングということもあってか一人で昼食を摂る。
自動販売機で飲み物を買って戻ろうとしていると……。
「あ、相川君。お昼一人なの?」
「委員長?」
新学期になってから、初めて委員長が話し掛けてきた。
「ああ、相沢が部活でさ」
「ふ、ふーん。そうなんだ……」
委員長は何やらもじもじとするとチラリとこちらを見た。
「そういえば、最近髪型変えたままだね」
「ああ、これ、相沢に勧められたワックスなんだけど、使ってみると髪がかからないことに気付て、いつの間にか毎日つけるようになったんだよ」
最初は、お洒落がどうとかの理由でつけさせられたのだが、お洒落と便利を両立できるということで積極的に髪を整えるようになった。
以前のワックスは使い切ったので、今は新しいのを購入している。
「私は、前の相川君もいいと思うんだけどね……」
「委員長もそう思うんだ?」
「ん、私も?」
委員長が渡辺さんと同じような表情を浮かべるので、多分俺が気付いていない欠点があるのだろう。
どうやら失言だったような気がする。彼女はじっと俺を見つめると、何やら探りを入れるような目で見てくる。
このままだと「他に誰が言ったの?」と質問されてしまいそうだったので、話を切ることにした。
「とりあえず、昼休みの時間がなくなっちゃうから戻るね」
今のところ、特に大した話はしていないのだが、昼休みが有限であることを強調しておいた。
きっと委員長も誰かと食事の予定があるはず。
「あっ……うん。それじゃあ」
予想通り、引き下がってくれた。
肩を落としながら去って行く彼女を見て、もしかして他に何か用でもあったのだろうか? と、俺は首を傾げた。
「再来週の火曜日、一年生は半日使って特別授業を受けてもらう」
ホームルームの時間、担任の教師が学園の行事内容の説明をした。
手元には教師から配られた行事を説明するための紙がある。
なんでも、その日は一日、他の授業がなく、選択教科の中から選んで授業を受けるのだとか……。
それぞれの教科には専門の講師を呼んでいるらしく、自分が興味のある教科を選ぶことで、将来進みたいと思う仕事を見つけるとかいう趣旨だとか……。
「第一希望から第三希望まで書いて今週中に提出するように。希望者多数の場合は、こちらで抽選を行い、発表は来週の水曜日にすることとする」
「相川、お前はどの授業にするんだ?」
「うーん、そうだな……」
相沢に話し掛けられて、俺は改めて選択できる授業を確認する。
『美術』『家庭科』『音楽』『農業』『工業』『水産』『情報処理』『福祉』などなど……。
流石は生徒数の多い学園だけあって、教科数も多い。
どの授業を選んでも一日体験して退屈することはなさそうだ。
一瞬『水産』に惹かれそうになるのだが、釣りはあくまで趣味でやれれば良いと考える。
他だと、IT企業を視野にいれて『情報処理』か、今後のことを考えて『福祉』なんてのも良いかもしれない。
いずれにせよ……。
「あいつらは、何を選ぶと思う?」
ちょうど、渡辺さんのことを思い浮かべていると、相沢から問いかけがきて驚く。
声を落とし、俺だけに聞こえるように話を進めるのは、他の人には聞かれたくない内容だからだ。
相沢が、あの中グループの誰かに好意を寄せているというのは本人が言っている事実。普段から観察していてもその素振りが一切わからないのだが、こういったイベントを口実に距離を詰めるつもりなのだろうか?
「石川さんは『美術』かな。話してて拘りがある部分が多いし、向いてそうだから」
「まあ、里穂はあれで頑固だからな。確かにあってそうだ」
相沢はあっさりと俺の意見を肯定した。
「沢口さんは……多分、音楽じゃないかな?」
「まあ、賑やかだからな」
単にカラオケとか好きそうだからという理由なのだが、遠く外れているわけではないので否定しておかない。
俺は一瞬、相沢の気配を探るが、特に変化はない。
「渡辺さんは『福祉』だと思う」
「何せ学園のマドンナだからな、そう考えると『福祉』は混みそうなんだよな……」
相沢はアゴに手を当てると悩む素振りを見せた。
もしかすると、相沢の選択で好きな相手がわかるのではないか?
「それで、相沢はどこにするつもりなんだ?」
俺は顔に出さないように注意しながら、相沢の選択を聞く。
「俺は……『水産』だな」
「えっ? どうして?」
「あれから、ちょっと海洋生物に興味も湧いてきたからな」
「でも、将来のことを考えるなら『情報処理』とか『工業』でいいんじゃないか?」
相沢が海沿いの研究所で白衣を着て海洋生物の生態を観察している姿はあまり想像できない。
「別にこの選択で将来が決まるわけじゃないし、逆に自分が普段選択しない授業こそ選んだ方が面白いだろ?」
探りを入れた結果、相沢の本命を知るどころか、割と真面目な回答をされてしまい、俺は自分の選択で悩むことになるのだった。
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