第51話 学園のマドンナは健全な付き合いを望む
食事を終え、リビングのソファーに腰を下ろした俺たちは、カリカリとペンを走らせていた。
それというのも勉強をするためだ。
元々、渡辺さんと付き合う前は釣りをした後は必ず勉強をすることにしていた。
趣味と勉強を両立させ、父親から制限を受けないためなのだが……。
ふと手を止め、渡辺さんの方を見る。
彼女は真剣な表情を浮かべ、問題を解いている最中だった。
彼女も、父親と勉学との両立を約束しているので、勉強に力を入れなければならない。
それならばと、釣りの後に一緒に勉強をすることになったのだが……。
付き合いたての高校生であれば、映画館に行ったり遊園地に行ったり、カフェでお茶をしたり、ショッピングをしたりと、華やかな場所でのデートを楽しんだりするもの。
ところが、俺たちはというと、釣りに行ったり、水族館に行ったり、釣具店に行ったり、図書館に行ったりと明らかに恋人がしないような行動をしている。
俺自身は、趣味も学業も充実しているのだが、彼女を自分の趣味に付き合わせてしまっているという申し訳なさを感じている。
少しすると、彼女が気付いたのか顔を上げた。
「もしかして。相川君、眠くなっちゃいましたか?」
渡辺さんは首を傾げると艶やかな唇を動かした。
「いや、それは平気だけど……」
「そう……ですか」
なぜか残念そうな顔をする渡辺さん。彼女はふと気を取り直すと聞いてくる。
「では、どうして私の顔を見ていたのですか?」
「いや、俺たちの付き合い方ってこれでいいのかなと思って」
もっと彼女の希望を聞いて、彼女が行きたがっている場所に行くべきではないのか?
「そっ……それって……どういう……意味ですか?」
彼女は狼狽するとチラチラと俺を見てきた。顔が赤くどこか怯えているように見える。
「俺たちも、もっと高校生らしい付き合いをするべきじゃないかなって」
「ひゃうっ!?」
次の瞬間、渡辺さんが可愛らしい悲鳴を上げると、顔を真っ赤にした。
「わ、わわわ、私たちにはまだ早いと思います!!」
「いや、むしろ遅いほうかと……」
付き合って一ヶ月、まともにしたデートはプールくらい。もっと色んな場所に行くべきだと思う。
「あ、相川君はどうしてそんなことを平静で言えるのですか!!」
もしかすると、そう言ったデートをするのが渡辺さんは恥ずかしいのだろうか?
「それは、渡辺さんのことが好きだからだよ。もっと一緒に色んな場所に行って色んな体験をしてみたいし」
彼女の言葉がきっかけで行ったグランピングでの夜空はとても素晴らしかった。
そこで飲んだ珈琲の味、仲間と過ごした時間は忘れられない。
「ううう……今日の相川君は凄く男の子らしいです。でも、急すぎますよ」
好きという言葉に対し、彼女は照れているのか目を逸らしてしまう。
「いや、普通に男だからね?」
恋人からこれまでどのように見られていたのかが気になる。
俺がじっと見ていると、渡辺さんは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
彼女が落ち着いたタイミングで俺は質問をした。
「渡辺さんがしたいことをもっと俺に話して欲しいんだ」
釣りではなく、俺と一緒にいる口実としての勉強でもない。彼女が自分のためだけにしたいことを俺に教えて欲しかった。
俺が真剣な顔をしていると、渡辺さんはそれを読み取ったのか目を逸らすことなくじっと見上げてくる。
「私がしたいこと……ですか?」
「うん、俺にできることなら何でもするから、言ってくれないか?」
渡辺さんは口元に手を当てブツブツと何やら呟く。顔を真っ赤にしたり「でもそれはまだ無理ですし」と百面相になったりして最終的には……。
「相川君は私のして欲しいことをしてくださってますよ?」
そう返事をしてきた。
「いや、でも、釣りと勉強ばかりしてるよね? 健全な高校生カップルならもっと他の場所でデートするんじゃ?」
「他は他、私たちは私たちです。私は相川君と一緒にする釣りも勉強も嫌じゃないです。相川君は嫌なんですか?」
「そんなことはない。渡辺さんとこうして過ごす時間はとても幸せだよ」
ほんの数ヶ月前には知らなかった。こんなにも目の前の少女を愛おしく感じ、一緒にいたいと思うなど……。
「私だって、相川君と過ごす時間がとても嬉しいんです。確かに、私たちのしていることは普通の高校生カップルとはかけ離れてるかもしれません。だけど、そんな私たちだからこそこうして付き合えているんじゃないですかね?」
確かにそうかもしれない。お互いの距離間を心地よく感じているのは付き合う前からだ。
それまで、俺は他人との距離の近さに息が詰まる思いをしていた。
「じゃあ、今のところ俺との付き合いに不満はないってこと?」
少し勇気がいるが聞いてみる。俺が彼氏としての役割をきちんと果たせていると渡辺さんが言ってくれたので心に温かいものが流れていた。
ところが、渡辺さんはこれまでより少し冷めた表情を浮かべてしまう。
「も、もしかして不満が……ある?」
俺はおそるおそる彼女に問いかける。
すると、彼女は頬を赤らめ恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「その……これは、相川君だけが悪いわけではないのですが、正直不満はあります」
「それは……どんな?」
ゴクリと喉を鳴らすと、彼女の表情を窺った。
「私たち、付き合って一ヶ月が経ちましたよね?」
「そうだね、花火大会のころから付き合ってるから結構たつね」
今にして考えれば懐かしい想い出だ。あの時渡辺さんが勇気を出してくれなければ、こうして付き合っていなかったのだろう。
「普通、健全な男女であれば一ヶ月も付き合えば先に進むべきことがあるらしいです」
渡辺さんはキッと眉根に力を入れると、健全な高校生について語り始めた。
「だからそれ、ごく普通のデートをするかどうかという話だよね?」
俺が確認すると、彼女は首を横に振る。
「わかりませんか?」
「ごめん、教えてくれないか?」
俺が答えると、彼女は恥ずかしそうにしながらも耳元に唇を寄せ囁く。
その言葉を聞いた俺は、全身から血が上るほど真っ赤になってしまった。
発言を終え、正面に座る彼女を見ると俺と大差がなく頭から足の先までを赤くしていた。
彼女は潤んだ瞳を俺に向けると、
「相川君から健全な高校生の付き合いを実践して欲しいです」
そう言われた。
「ああ……うん、そのうちね」
俺は彼女からの言葉に、今後一層の努力をしなければいけないのだと感じるのだった。
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