二章
第34話 学園のマドンナはメッセージが欲しい
★
「むー‥‥」
良一と付き合うようになってから数日後、美沙はスマホを睨みつけ頬を膨らませていた。
ベッドにうつぶせに寝て足をパタパタと動かす。その不満を身体で表現しているようだ。
「相川君からメッセージが来ません」
付き合った当日の夜にはちゃんとメッセージが送られてきたのだが、そこから一通たりともメッセージの告知音がならない。
メッセージが届けばわかるように、わざわざ良一だけ個別の音源に設定しているのにもかかわらず、一度もその音をきくことがない。
美沙としては、付き合い始めたらもっと愛を囁くようなメッセージが飛んでくるものだと期待していたのに、これでは付き合う前とかわらないではないか。
「もしかして、あの日のことは夢だったのでは?」
親友の失恋にショックを受けてしまい、自分が想い人と通じ合う夢をみていたのではないかと不安になる。
「いえ、そんなはずないです!」
現に、あの日の夜に抱き合った良一の温もりは今も思い出すことができる。
自分は紛れもなく良一の彼女になったのだと美沙は思い返すと……。
「相川君の彼女……」
頬に手を当てると熱を持っているのがわかった。美沙は良一のことを考え顔を赤くすると、
「だとしたら、どうして連絡してきてくれないんでしょうか?」
眉根を寄せ考え込んだ。
元々、付き合う前も良一が美沙にメッセージを送ってきたことは二回しかない。
釣りの予定を告げる時、水族館に行く際の待ち合わせ時刻など、極めて事務的な内容で、話を広げるような素振りすらなかった。
「私ばかり、こんな気持ちにさせられて……。相川君はずるいです」
枕に顔を押し付けながら、あの日の良一の温もりを思い出す美沙。身体を小刻みに震わせた良一が「世界中を敵に回しても付き合いたい」と告げた光景を思い出してしまった。
美沙は良一の男らしい姿を脳内で再生し終えると、
「はぁ、相川君の声が聞きたいです」
溜息を吐くと、良一に恋い焦がれるのだった。
★
「……そろそろ、メッセージ送ってもいいかな?」
付き合い始めてから数日が過ぎ、その間、特に渡辺さんからメッセージが届くことはなかった。
彼女は、父親の仕事の手伝いをしているらしく、夏休みも予定がいっぱいあると言っていた。
そんな中、こちらからメッセージを送ると、迷惑になるかもしれないと考え自分からは控えていたのだ。
「付き合いたての場合、どのくらいの頻度でメッセージを送っていいものか?」
何せ人生で初めての彼女なのだ。下手を打って嫌われたくない。
まさか自分が学園のマドンナと呼ばれる渡辺さんと付き合えることになるとは、今でも信じられない。
明日になって目が覚めたらすべて夢でしたと言われてもあっさりと信じてしまいそうなくらいだ。
「せめて、誰かに相談できればいいんだけど……」
普段なら、こういう時に頼りになる、相沢という親友がいるのだが、今は時期が悪い。
相沢は石川さんを振ってしまったばかりなので、こういった色恋の相談を持ち掛け辛い。
ともすれば、渡辺さんのことを意識しすぎてしまい、ここ数日を空虚に過ごしてしまったのだが、ここまで我慢したのだから一通くらいメッセージを送っても許されるのではないか?
「何て送ればいいんだ?」
メッセージを送るまでは良い。だが、どんな内容を送ればよいのかで新たな悩みが発生する。
ここは恋人同士なのだから「愛してるよ」と愛を囁くようなメッセージ?
いや、何の脈絡もなく唐突にそんなメッセージが来たら渡辺さんが怯えてしまう。
では、軽く挨拶を踏まえてから本題に入るのはどうだろうか?
『拝啓、猛暑が続く日々をいかがお過ごしでしょうか?俺はバイトをしたり夏休みの宿題をしたりとそれなりに充実した日々を送っています。渡辺様におきましては――』
「いや、長いから!」
俺は途中まで書いた文章を消してしまう。
サラリーマンが取引先に送るような内容になってしまっていることに俺は眉根を寄せる。
「一度落ち着こう」
俺はスマホを机に置くと深呼吸をした。
このままではよくわからない内によくわからないメッセージを渡辺さんに送ることになってしまう。それだけは避けなければならない。
「そもそも、用件もなしにメッセージを送ろうとするから内容が思いつかないんだ」
これまで、俺が彼女にメッセージを送ったのは三度だけ。
釣りの待ち合わせ時間の確認、水族館の待ち合わせ時間の確認、そして付き合った当日。
いずれにしても、用件のみを簡潔に伝えている、感情の込められていないメッセージが読み取れる。
特に付き合った直後のメッセージをみて眉根をしかめる。
「今日はお疲れさまでした。こちらも無事に家に到着しました。これからよろしくお願いします」
もしかすると、渡辺さんがメッセージを送ってこないのはこれのせいではないか?
付き合い始めた直後にこのような事務的なメッセージを送るような男との交際を考え直し、今頃はすべてをなかったことにして夏休みを満喫しているのではないのだろうか?
楽しそうに水辺のカフェテラスで紅茶を飲む彼女の姿が浮かぶと、俺は妙な不安へとかられてしまう。
「恋愛は好きになった方が負けって言うけど、これは結構重症かもしれないぞ……」
気持ちを認めてしまってから、どんどん彼女に対する恋愛感情が高まって行くのがわかる。こうならないために予防線を張り、自分を騙し続けていた。
付き合った当日はかろうじて気持ち悪いメッセージを送らずに済んだが、今の状況で心の赴くままにメッセージを打てば、ドン引きさせてしまう可能性もある。
「せめて、向こうからメッセージを送ってきてくれたら、とっかかりにもなるんだけど……」
ベッドに倒れ込み、スマホの画面を見る。
渡辺さんとのやり取りの履歴は、なんら動くことなく、相沢や石川さんがいるグループメッセージの方も同様だ。
せっかく付き合い始めたというのに、このままでは一度も会わないまま夏休みが終わってしまいかねない。
俺は覚悟を決めると、彼女にメッセージを送るのだった。
◇
「ふわぁぁぁ、行列ができていますね」
渡辺さんは遠くにある入場口を見るとそんな感想を告げてくる。
今日の彼女の格好は白のワンピースに麦わら帽子、白のサンダルに肩に掛けているわら編みバック。
夏らしく、お嬢様らしい服装なのだが、清楚で物腰穏やかな渡辺さんのイメージにぴったりだった。
「開場前でこれか、早めにきて良かったかね」
俺は行列をみて、自分の予想が正しかったことを確信した。
「それにしても、相川君と出掛けると、いつも遠くになりますね」
そう言うと彼女はクスリと笑って俺を見た。
なぜ、俺たちがこうしているのかというと、デートだからだ。
数日前、彼女の近況を探るメッセージを送ったところ、即返事が返ってきた。
何度かやり取りをしている内に、久々に顔を合わせることになり、スケジュールを調整して行き先を決めたところ、このレジャー施設が候補に挙がった。
「それは……他に思いつかなかったから、ごめん」
この年まで、ずっと釣りばかりをしてきた俺には、一般的な高校生男女の交際の仕方が良くわからない。
彼女に行き先を聞かれた際も、どうにかデータベースからここを引っ張りだしたわけだ。
「いえ、構いません。遠くまで出掛けるのは苦ではありませんし、何より、相川君と御一緒できるのが嬉しいので……」
そう言って、ポッと頬を染める。これまでも、彼女がこのような言葉を遠回しに口にしていたこともあったのだが、それらは全部、渡辺さんが天然で他意がないものとして聞き流していた。
だが、今は彼女の気持ちを知っている。そうなると、学園のマドンナでもある渡辺さんの可愛い言葉は俺に突き刺さり、油断すると不整脈を引き起こしそうになった。
「そ、そう……? 俺も、まあ……渡辺さんと一緒なら苦にならないけど」
俺は嘘をつく。確かに、互いの気持ちがわからない時点では、無言で一緒にいる時も嫌ではなく、心地よいとすら思っていた。
だが、付き合ってから初めてのデートということもあってか焦りが浮かび、行きの電車では緊張し通しだった。
「そうですか、その割には表情が硬いような?」
そう言って渡辺さんは俺に近付くと手を伸ばしてくる。
あの晩、吹っ切れたからなのか、今日の彼女はやたらと俺の近くに来たがるので移動中もしょっちゅう身体がぶつかる。本人はそれに気付いてるんだか気付いていないんだか、特に距離を修正する様子がないので、俺の心臓はとっくに限界を迎えそうになっていた。
これ以上、彼女の可愛い姿をみてしまうと、レジャー施設に入る前に体力が尽きてしまう。炎天下の中、体力を失ってしまえば後は干からびる運命が待っている。
そう考え、なるべく体力を温存すべく呼吸を整えるのだが……。
「相川君。手を繋いでもいいですか?」
渡辺さんは甘えるように手を見せると微笑みかけてきた。
「勿論、大丈夫だよ」
内心では警鐘が鳴り響いているのだが、付き合う前も度々繋いでいたので、いまさら断れるわけもない。
冷静に、心臓を宥めに掛かる俺。過去に経験済みのことならば対処することはできる。
これ以上、何事も起きなければ……。
「えへへへ、やはり想いが通じてからの方が嬉しいです。私、ドキドキしていますよ」
至近距離から、可愛い笑顔で可愛い台詞を告げられ、俺は咄嗟に彼女から顔を逸らした。
「どうか、されたんですか?」
渡辺さんは訝しむと、俺の顔を覗こうと身体を寄せてくる。身体が触れ、彼女の温もりが感じられる。
「ちょっと、くらっときただけだから。泳げば治ると思うから……」
「無理しないでくださいね。私、相川君と過ごせる今日を楽しみにしてきましたが、相川君の体調が最優先ですから」
心配そうな顔をでさらに俺を追い込む渡辺さん。俺がこんな調子なのは、あなたが可愛すぎるからだと告げてみたい。
天然ゆえに、次々とクリティカルな攻撃を繰り出す彼女に、
「ありがとう。そろそろ入場しようか」
これ以上のダメージを受ける前に、入場をうながすのだった。
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