第20話 学園のマドンナ、カフェで働く

「お待たせしました、パフェになります」


 海の家カフェに美声が通る。発信源を見ると、渡辺さんがテーブルに注文の品を運んでいた。


「はーい、こっちもお待たせー」


 丁寧な対応とは違い、砕けた態度で接客しているのは沢口さん。家族連れの子どもに話しかけられて応対している。

 一瞬で誰とでも仲良くなれるのは彼女の才能なのだろう。


 一方、石川さんの方は、相沢と一緒に屋台で焼きそばを売っている。

 相沢が作った焼きそばを次々とプラ容器にいれてお客さんに売って行く。

 昨日は相沢一人で全部こなしていたので、今日は焼きそばを作ることに専念できているようだ。


 なぜ、このようなことになっているのかというと、彼女たちもバイトに入ったからだ。


 元々は海水浴をしに来た三人だったのだが、ただで泊めてもらったお礼をしたいと言い出したのだ。

 それで相沢がオーナーに話したところ、結局バイトとして雇うことになった。


 そんなわけで、本日は三人も人手が増えたので昨日に比べ仕事が随分楽になった…………………………などということはない。


 昨日の数倍にも膨れ上がった客数により、店の内外は混雑しておりパンク寸前となっていた。

 その原因は、まさに学園のマドンナ、渡辺さんの存在だ。


「まじであの娘可愛いよな」


「ああ、見ているだけで癒される」


「他に働いてる娘も可愛いし、ここのオーナーわかってるよな」


 客同士の会話が耳に入る。無理もない。彼女が笑顔を振り撒くと魅了による状態異常が付与されるので、遠くからでも吸い寄せられ、高い品を注文してしまう。


 それは、あたかも明かりに近付く蚊のように…………少したとえが悪いが、男連中が増えているのは確かだからまあいいだろう。

 他にも、沢口さんや石川さんを褒める内容の言葉も聞こえてくる。


 つまり、今いる客は彼女たちの容姿に引き寄せられてきたので、昨日よりも混んでいるというわけだ。


 それにしても……。


「ねえ。あの子も格好良くない?」


「私はあっちで焼きそば焼いてる子の方が好みかなー」


 俺の先程の分析とは違い、女性客も増えている。

 もしかすると、オーナーや相沢も客を引き寄せているのではないか?


 全力で接客をしながら、そんなことを考えていると……。


「相川」


「ん? どうしたの石川さん」


 石川さんが俺を追いかけ話し掛けてきた。


「オーナーが「ヘルプしてくれ」ってさ。料理できる人が足りないって」


 まだ朝だというのにこの混みようだ、調理担当のバイトは出てきておらず、調理場がパンクしそうになっているらしい。

 フロアは渡辺さんと沢口さんがいればどうにか回っている。


「わかった。行ってみるよ」


 俺は石川さんにそう返事をすると、調理場へと向かった。




「いやー、疲れたぁ」


 相沢が畳に横になり天井を仰ぐ。


「もう、足がへとへとだよぉ」


 沢口さんも自分の足をもみほぐしている。


「それにしても、大変だったし」


 石川さんは余力があるのかキチンとした格好で座っている。


「でも、こういうのは初めてなので楽しかったです」


 そして、渡辺さんはいつものように癒しの笑顔を崩さずにいた。


 昼のピーク時を乗り切り、俺たちはバイトから解放されていた。


 このあとは、シフトが入っていないのでゆっくりすることができる。

 俺が昼食を摂ったあとで釣りにでも行こうかどうか考えていると……。


「それじゃあ、早速、海に繰り出そうか!」


 沢口さんがそんな提案をしてきた。


「今しがた、足がパンパンだって言ってなかった?」


 俺は思わず突っ込みを入れる。


「これは働きつかれた上での足がパンパンなだけだから。海水浴は別だよ!」


「そんな、デザートは別腹みたいな理屈をここで聞くとは思わなかったよ……」


 女性の神秘の一つである、満腹状態でもデザートは別腹。沢口さんにとっては、バイト疲れと海水浴疲れは別扱いらしい。


「まあいいじゃねえか、相川。この三人の水着姿を拝めるチャンスだぞ」


「相沢、あんた言い方がやらしいのよ」


 石川さんが咎めると、相沢を睨みつける。顔が赤くなっているので、あれは相当怒っているに違いない。


「調理場で働いてたから、結構腕がだるいんだけど……」


 パフェやら軽食作りをしていて常に手を動かしていたので疲れている。それに、三人も女同士で海水浴に来ているのだ。ここで男二人が混ざるのを良く思わないかもしれない。


「相川君も、一緒しませんか?」


 気が付けば、渡辺さんが近くにいてそんなことを聞いてくる。

 上目遣いで俺を見てくるので、どうにも断り辛い。


「ええっ。相川っちも来てよ。昨日は散々ナンパされたんだから、男がいないと今日はもっと酷くなるよ!」


 沢口さんの言葉を聞き、石川さんを見ると頷いている。カフェで働いていた時の男連中の視線を考えれば、当然の話だろう。

 相沢ももしかすると、それを危惧して彼女たちについて行くつもりなのかもしれない。


「まあ、ナンパ避けはいた方がいいと思うし付き合う」


 それで渡辺さんが海水浴を楽しめるというのなら、手を貸すのは吝かではない。


「それじゃあ、着替え終わったらここに集合ね!」


 沢口さんの音頭で、俺たちは準備を始めた。





「クーラーボックスに氷と飲み物の準備よし、パラソルも二つ。レジャーシートもOK」


 男子の準備というのは水着に着替えるだけで済んでしまう。

 女子の準備に時間が掛かると思った俺は、海水浴をするための小道具を揃えていた。


 これらはオーナーの私物なのだが、俺たちが海水浴に行くと告げると「好きに使っていい。飲み物も持って行っていい」と言ってくれた。

 そんなわけで、こうして不足がないか準備をしているわけなのだが……。


「相川はやいな」


 最初に登場したのは相沢だ。トランクスタイプの水着を着ている。


「オーナーから使っていいって言われたから運ぶの手伝ってくれ」


 そう言って一番かさばりそうなパラソルを指差す。


「おまたせー!」


 そんな話をしていると、沢口さんが現れた。


 彼女は黄色の水着を着ていて腰にパレオを巻いている。泳ぐためか髪はヘアグリップでまとめていてうなじが見える。白のラメ入りのサンダルを履いて立っている姿は堂々としていてとても似合っており、そう言えば彼女が読モをしているのだと思い出した。


「他の二人はどうした?」


「うーん、まだ準備に時間かかりそうな感じ。先に行ってていいって言ってたよ」


 早く海で泳ぎたいのか、沢口さんがそんなことを言う。


「そうだな、場所探しにも時間かかるかもしれないし、荷物もあるから先に行くか」


 相沢もそう言ったので、俺たちは先に場所の確保をするためビーチへと向かうことにした。






「設営完了っと」


 宿を出て、少し離れた場所に空きスペースを発見して、パラソルを開き陣地を確保する。

 結構大きなパラソルなのでこれ一つで五人入っても平気そうだが、荷物があるだろう、もう一つあった方が広々と使えるのは間違いない。


 車など運ぶ手段がない高校生が、このような良い道具を使えるのはオーナーのお蔭だ。

 レジャーシートの砂を払い、後は泳ぐだけとなったところで、二人が現れた。


「お、お待たせ……」


「ごめんなさい。お待たせしました」


 石川さんと渡辺さんだ。


 石川さんは黒の水着の上からパーカーを身に着け、右手でぎゅっとチャックの部分を掴んでいる。


 渡辺さんは白のフリルが付いた水着姿をしており、健康的な脚が陽の光を浴びて輝いていた。


「ナンパ、されなかったか?」


「ええ、大丈夫でしたよ?」


 相沢の疑問に渡辺さんが答える。


「早歩きしてきたから平気」


 どうりで息を切らせていると思った。ナンパ男に補足される前に目の前を横切ってきたのだという。


「とりあえず、二人とも中で休むといいよ。飲み物も用意してあるからさ」


 汗を掻いている二人を日陰へと誘う。


「休憩をしたら、早速泳ぎに行こうぜ」


 相沢がそう音頭を取るのだが、


「それより男子! 何か忘れてない?」


 沢口さんが不機嫌そうな声を出した。


「荷物は大体あるけど?」


 海水浴に必要な物はこちらでピックアップして持ってきているので抜かりはないはず。俺が首を傾げていると……。


「せっかく、女子が気合を入れて水着を着ているんだよ? 評価とかないの?」


 沢口さんの言葉に俺は固まる。

 同級生の女の子三人と海水浴に来るだけでもハードルが高いのだ。その上、水着姿を褒めろとは、死んでしまう。


「ああ、三人とも良く似合ってるぞ。里穂は大人びた黒の水着が合ってるし、真帆は読モやってるだけあってスタイルがいいからな。上手く着こなしている。渡辺さんは清楚な白、言葉にできないくらいには似合ってる」


 沢口さんに指摘され、相沢はつらつらと誉め言葉を並べていく。よくもあんなに流暢に口が回るものだと感心する。

 おそらく、沢口さんから話を振られることを想定してあらかじめ考えていたのではないか?


「相川っちは?」


「ごめんなさい、勘弁してください」


 沢口さんの追及に全面的に謝る。相沢のあとだと何を言ってもチープにしかならない。


「むー、そんなこと言っても許さないんだけどなぁ」


 沢口さんが悪戯な顔をして俺に迫る。渡辺さんは胸に手を当て何かを期待するような目を向けてきている。


「はい、そこまで」


「何でとめるの、相沢」


 ところが、ここで相沢が沢口さんに待ったをかけた。


「相川は本当にこういうの苦手みたいだから止めておこうぜ」


「まっ、仕方ないか。ごめんね相川っち」


「いや、俺も……ごめん」


 謝られてしまい、こちらも謝る。たかが水着を褒めるという儀式なのだが、どうしても苦手なのだ。


「それじゃあ、早速泳ぎにいこっか」


 沢口さんがそう言うと、皆気を取り直して海水浴を楽しみ始めた。

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