第37話 学園のマドンナは訪ねたい
駅から離れた場所にあるファストフードのチェーン店に入る。
昼時ということもあり、ランチセットを注文した俺は、トレイを持つと待ち合わせの相手が店内にいないか周りを見渡した。
「よぉ、久しぶりだな」
店の一角に相沢の姿を発見する。日に焼けた彼は、手を挙げ俺に声を掛けた。
「相川、日に焼けたな? どこか行ったのか?」
先日、渡辺さんとレジャー施設にいったせいで随分と日に焼けてしまったので、相沢は目ざとくそれを指摘する。
「そっちこそ、随分と焼けたんじゃないか?」
そんな相沢も最後に見た時よりも肌色が濃くなっていた。
「ああ、花火大会の後、おじさんから急遽ヘルプを頼まれてな。またあそこでバイトしてたから」
「だから返事をしなかったのか?」
俺は相沢に探るような視線を送る。わざわざ花火大会と言葉にする以上、この話について踏み込んでも良いと言っているのだろう。
「まあ、それは別にそう言うわけでもないけど……。それにしても釣りって結構面白いんだな。おじさんに教えてもらって結構魚を釣ったんだぜ」
相沢の話は続く。バイトをしていてナンパされた話や、釣りをしていて高級魚を釣りあげた話などなど、今の状況でなければ食いついて深く掘り下げたいような話題を提供してきた。
「それで、花火大会の件なんだけど」
会話が途切れたタイミングで、俺は言葉を差し込む。すると、相沢は驚いたような表情を浮かべ、から笑いしながら俺を見た。
「なんだよ、お前ってそんな、他人のことに首を突っ込むやつだったけ?」
どこか拒絶を含むような態度を見せる。真剣な態度で切り込もうものなら、軽くあしらうつもりなのが見て取れた。
「ああ、普段の俺なら多分、何も聞かないでスルーするだろうな」
相沢の見立ては合っている。男女の色恋沙汰に巻き込まれたくないと考えていたのが高校に入学してからこれまでの俺のスタンスだった。
「でも、相沢。お前は友だちだから」
その言葉に相沢は驚く。これまで、俺がその言葉を口にしたことはなかった。
元々冷めている性格だったので、相沢が俺のことを「友だち」と周りに紹介しても、肯定も否定もせずにいたからだ。
そんな俺が今、このタイミングではっきりと相沢を「友だち」だと宣言している。それが意外だったのか、相沢は言葉を失った。
「お前、変わったな?」
相沢はふと笑うと肘を乗せ、頬を付き俺に優しい目を向ける。
「最初見た時から面白いやつだと思ったのは間違いない。俺がお前と付き合うようになったのは、適切な距離を維持してくれるから心地よかったというのもあるんだぜ」
相沢は俺と交友を持った理由を告げる。
「だとしたら、今の俺はもういらないのか?」
俺は相沢に確認する。変わってしまった俺とは友だちでいられないのか? と。
真剣な目で俺は相沢を見つめる。
しばらくの間、相沢は沈黙する。相沢が口を開くとき、俺は友だちを失うことになるかもしれない。
緊張しながら、彼から視線を逸らさずに待っていると……。
「お前みたいな面白いやつと縁を切るわけないだろ?」
相沢は「ふっ」と笑うと俺にそう告げてきた。
それは、相沢が俺との交流を続けるという言葉に他ならない。
「あまり、脅かさないでくれよ」
「そりゃ、悪かったな」
悪戯が成功したような表情を浮かべ、相沢が笑う。
これまで俺が接してきた普段の相沢だ。
俺は相沢を恨みがましく睨みつけると、もう一つ言わなければならないことがあるのを思い出す。
「俺は、相沢とも、石川さんとも、沢口さんとも、渡辺さんともこれからも交流を続けたいと思っている」
渡辺さんの願いでもあるし、俺の願いでもある。
相沢は気ごころ知れたいいやつだし、沢口さんは明るいだけではなく周囲も明るくしてくれるムードメーカー。石川さんは冷静で、沢口さんがやりすぎるのを止めてくれるなくてはならない存在だ。
誰か一人欠けただけで、あのグループはまったく違う形になってしまうので、皆でまた集まりたいと俺は考えていた。
「それは……ちょいと、気まずいかもしれないな」
俺の言葉に、相沢は微妙な表情を浮かべると顔を逸らした。
「やっぱり、振った相手と一緒というのは気まずいか?」
相沢は石川さんのことを思い、交流を絶つべきと考えているのだろうか?
俺は本心を知りたくて、じっと相沢を見る。
「いや、そういうことじゃない。里穂の告白はキッパリ断っている。俺は、振った相手とそれ以上気まずくなるような言い方はしないようにしている。もし里穂が望むのなら、今まで通りの関係を続けることも可能だ」
確かに、相沢ならその辺は上手くやるだろう。これまでも多くの女性から好意を告げられているらしいのだが、その内の一部は振られた後も友人としての付き合いを続けているのだという。
「だったら、問題ない気がするんだが?」
相沢さえよければ、グループは元通りになり、夏休み以降も仲良く交流を持つことができるのではないか、俺はそんな希望を胸に抱くのだが……。
相沢は観念したように溜息を吐いた。
「これはここだけの話だ。絶対に、誰にも言うなよ?」
相沢はいつにない真剣な表情を浮かべると、俺に念押しをしてきた。
「俺は今まで誰かに自分の本心を漏らしたことがない。相川、お前だから信用して話すんだからな」
その言葉に俺は喜びを覚えるとともに、相沢が本気なのだと知った。
「ああ、絶対に誰にも言わない」
ここでの会話は男同士の秘密。決して漏らさぬ覚悟を決めると、相沢はとんでもない秘密を俺に告げてきた。
◇
「相川君。竿、引いてますよ?」
横から渡辺さんの声が聞こえる。
「えっ? 本当だ……」
竿先が曲がり、リールを回転させると、魚が抵抗する確かな反応を感じることができた。
慌てた俺は、急いで糸を巻き取ろうとリールに力を入れてしまい……。
「あっ……逃げられた」
強引に引き付けようとした結果、糸が切れ、魚を逃がしてしまう。
俺は溜息を吐くと、竿を引き上げ彼女に苦笑いをしてみせた。
現在、俺たちは釣りをしに、以前訪れた海釣り施設に来ていた。
先日、俺と相沢が合っている時、渡辺さんも石川さんと沢口さんの三人で集まっていたのだ。
グループを元の状態に戻すことができるかについての感触を報告することになったのだが、どこで話し合いをするかということになったところ、渡辺さんが「夏休みにまだ釣りをしていないので、良かったらこの前の場所で」と提案してきた。
それならばということで、準備をし、待ち合わせをして、こうして肩を並べて釣りをし始めたのだが……。
「何か、調子が悪そうです?」
渡辺さんは横から身を乗り出すと俺を見てきた。
「ごめん……」
「汗。凄いですよ?」
彼女の指摘に俺は慌ててタオルを探す。朝とはいえ真夏の快晴のせいか気温も高く、じっとしているだけで汗が流れ落ちる。
普段なら、タオルでまめに拭いているのだが、今日はそんなことも忘れてしまっていた。
「失礼しますね」
渡辺さんは俺より早くタオルを用意し、顔に当ててくる。水で濡らしているようで気持ちよく、熱を奪ってくれる。ふわりと風が吹き、彼女からフローラルな香りが漂ってくると、自ずと渡辺さんのことを意識してしまった。
彼女は甲斐甲斐しく俺の世話をし終えると、そっと距離を取り微笑んだ。
「このくらい、自分でできるんだけど……」
俺は、俺たちの間に漂う甘い空気のようなものを感じると恥ずかしさを覚える。決して嫌ではないのだが、周囲にいる釣り人から生暖かい視線を向けられる。
「私がしたくてしているだけです。相川君は普段からしっかりしているので、こういう時でもなければお世話をさせてもらえませんし」
渡辺さんの言葉に、体温が上昇するのがわかる。この世話焼きは彼女なりのコミュニケーションということらしい。
「それにしても、先程から心ここにあらずですね。もしかして体調が悪いのではないですか?」
渡辺さんはじっと顔を覗き込んでくると、俺の様子を確認する。別に体調は悪くないのだが、考え込んでぼーっとしてしまったのは確かだ。
本当ならそのことを彼女に話すべきなのだろうが、まだはっきりしていない部分があるので迂闊に漏らすことができないでいる。
「いや、大丈夫だから、釣りを続けようよ」
俺は仕掛けを付け替えるためと理由をつけ視線を逸らし、餌を付け、竿を振り、海に釣り針を落とす。
海に向き合い波が揺れるのを見ていると段々と心が落ち着いてくる。
仕掛けを遠くに投げ、リールで巻き取る。一定の動きを繰り返すことで悩み事から解放され、あらゆる雑念が海に溶けていくような気がした。
「おっ、また釣れているな……」
反応があったので、糸を巻き取ってみるとシロギスが釣れていた。
以前釣った時よりも大きく、太陽の光を受けて体表が輝いている。
「凄いですね、私も負けてられませんよ!」
そんな俺に対抗心を燃やした渡辺さんは、張り切って竿を振る。
大量のシロギスの群れに遭遇したらしく、入れ食い状態となり、しばらくの間俺たちは急いで釣りを続けた。
「釣れなくなりましたね」
しばらくして、群れがどこかへ行ってしまったのか、竿はピクリとも反応しなくなった。
まだ昼前だが、そろそろ引き上げていく人たちがちらほらいる。
炎天下での釣りは体力の消耗が激しいので、体調を崩す人間も多い。
長く釣りを続けたいのなら、無理をしないことが一番なのだ。
「そろそろ、俺たちも撤収しようか?」
釣りに慣れていない渡辺さんにこの日差しは辛かろう。事実、先程から浅く息をしながらペットボトルを頬に押し当てている。
「せっかく、相川君が楽しんでいるのに申し訳ありません」
渡辺さんは辛そうな表情を浮かべ謝った。
「そんなこと気にしないでいいよ。俺も渡辺さんの体調の方が大事なんだ」
「うっ……、そんな不意打ち……ずるいです」
渡辺さんはフラりと頭を揺らすと持ち直す。どうやら本当に限界が近そうだ。
「今日はもう十分釣ったから、帰ろう」
夏場のシロギス狙いの釣りは数を稼ぐことができる。俺と渡辺さんの二人で50匹は釣っているので、釣果としては十分だ。
「渡辺さんは釣った魚はいらないんだよね?」
彼女が釣りをしていることは家族には内緒らしく、持って帰ると問い詰められるのでこれまで受け取らないでいるのだと教えてもらった。
これだけ大きなシロギスなら刺身でも食べられるし、てんぷらにしても絶対に美味しい。
釣りの醍醐味は釣った魚を食べることまででワンセットなので、惜しいと感じていた。
「そのことなんですけど、わがままを言ってしまってもよろしいでしょうか?」
「ん、何かな?」
付き合ってからというもの、渡辺さんは俺に対し少しずつ本心を言うようになった。可愛い彼女の頼みならば断わるわけもない。俺は首を縦に振り、続きを促す。
「もしよろしければ、これから、相川君の家に行ってみたいのですが、駄目でしょうか?」
俺は目を大きく見開き、彼女の言葉を頭の中で反芻する。
渡辺さんは胸元で手をギュッと握ると、期待と不安が入り混じったような目で俺を見ていた。
正直、ここまで可愛い仕草をする彼女を家に迎え入れる覚悟はまったくできていないのだが……。
俺が沈黙しているせいで、諦めたような乾いた笑みを浮かべそうになっている彼女を見ると、
「勿論、大丈夫だよ」
俺は咄嗟にそう答えていた。
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