第55話 沢口さんは舟を漕ぐ
昼休みを終え、午後の授業が始まる。
講堂では引き続き講師が変わり栄養学などについての説明がされているのだが……。
食事の後ということもあってか、何名かの生徒は眠気に抗うことができず舟を漕いでいる。
例の三人も同様で、そのお蔭で平穏な講義を受けることができる。
沢口さんの方を見ると、彼女もカックンカックンと頭を上下させており、あのままではいつ机に頭を激突させるかわかったものではない。
誤ってペンにおでこをぶつけたら赤く腫れてしまうだろう。そうなると読モの仕事に影響があるかもしれないと考えた俺は、後ろめたさを感じながらもスマホを取り出し、彼女に「起きろ!」とメッセージを送った。
「ふぁっ!?」
講堂内に沢口さんの声が響く。
「えっと……何か?」
講師は講義を止めると、驚いた様子で彼女を見る。
「な、何でもないです!」
沢口さんは手を振って講師にそう答えると胸ポケットに入れていたスマホを取り出しコッソリと見た。
真帆:いきなり変なメッセージ送ってこないでよ!
良一:いや。寝てたから・・・。
真帆:寝てないし!!
良一:どう見ても寝てたし!じゃないとそんな驚かないでしょ?
突然、沢口さんとのメッセージのやり取りが始まる。
どうやら目は覚めたようだが、彼女の退屈心に火をつけてしまったようだ。
沢口さんからひっきりなしにメッセージが届くのを遮った俺は、
良一:ごめん、授業中だからまた後で
そう言って会話を打ち切る。あくまで起こすことが目的で、それ以上となると今日しか聞けない講義を優先したい。
沢口さんと目が合うと、頬を膨らませる。だけど、わかってくれたのか、彼女も講義へと戻るのだった。
「あー、疲れた。相川っち、疲れたよー」
講義が終わり、休憩時間になると同時に沢口さんがこちらへとくる。
先程までと違い、講堂にはまだ多くの生徒がいる。
沢口さんは学園でも一目を置かれている人間なので、周囲の視線が集まってきた。
「うん、お疲れ様。次は調理実習だから頑張ろう」
先程、塩対応をしてしまった負い目もあるので、俺はそう言って彼女を励ます。
「えへへへ、この時の為に我慢したんだからね。美味しい物作って食べるぞ」
すっかりやる気を取り戻した沢口さん。
そんなおり、視界の端に男二人の姿が映った。
何やら舌打ちをしてこちらを睨みつけている。どうやら俺が沢口さんと一緒にいることが気に入らないようだ。
「ん、相川っちどったの?」
俺がそちらに気を取られていると、沢口さんが顔を覗き込んでくる。
「いや、何でもない」
先程の連中は既に出て行ってしまったし、それをわざわざ彼女に告げる必要はないからだ。
「それより、俺たちもそろそろ調理実習室に移動しようか」
俺はそう促すと、彼女と一緒に講堂を出るのだった。
休憩時間終了のチャイムが鳴り、調理実習室に講師が入ってきた。
「はい、皆さんエプロンは持ってきていますね? もし忘れた人がいましたら少しですが貸し出し分があります。取りに来てください」
「はいはーい。忘れましたー」
「つーか、母親のエプロンしかないからダサくて持ってこなかったわ」
「あっ、私もでーす」
例の三人組が挙手しエプロンを取りに行く。
最初から用意していなかったのは明白で、周囲も苦い表情を浮かべている。
「コホン。それでは全員準備ができたようなので、班分けを発表します。名前を呼ばれた人からこちらが指定する場所まで来てください」
講師がそう言うと、呼ばれた生徒は次々に調理テーブルへと向かった。
「一緒だといいね」
そんな中、沢口さんがこそこそと俺に耳打ちをしてくる。
この場の半数ほどが呼ばれた今も、まだ俺たちは残っているのでそうなる可能性は低くない。
俺としても、まったく知らない女子生徒と組むくらいなら沢口さんと一緒の方が安心できる。
ただ問題は、まだあの三人組が残っているという点。
せめてバラけてくれればと考えていると、
「沢口さん」
「あっ、呼ばれちゃった。相川っち、またねー」
沢口さんの名前が呼ばれ、彼女は手を振ると歩いて行く。
いよいよ、嫌な予感がしてきて俺は緊張しながら自分の名前が呼ばれるのを待つのだが……。
「……最後に、相川君」
名前を呼ばれてテーブルに向かうとそこには、
「ちっ、男かよ」
「あーあ、つまんねえの」
「私てきにはありだけどね」
先程の三人組と他に二人の女子生徒がいる。
「それでは、調理の説明に入ります」
この六人で調理実習を行うことになり、俺は嫌な予感がするのだった。
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