第3話 学園のマドンナは手を引っ込める
楽しかった週末が終わり月曜日がやってくる。
どれだけ学校に通ってもこの落差による意識の切り替えには慣れない。
登校してくる生徒たちも気だるそうな顔をしており、週末を楽しんだであろうことがうかがえた。
そんな中、一際目を惹く存在が現れた。
一緒に登校してきたのか、それとも途中で合流したのかはわからないが、女子生徒二人と仲良く会話をしながら校門を潜り抜けたのは、この学園のマドンナ、渡辺さんだ。
彼女は入学から二週間足らずで学園の人気者になり、親しい友人を何人も作っている。
(そんな渡辺さんと先日一緒に釣りをしたんだよな)
魚が釣れた時の嬉しそうな笑顔、釣りをしている時の真剣な姿。表情がころころ変化し見ていて飽きなかった。
そんな彼女の姿を思い出していると……。
「おはよう、相川。はぁ、なんで月曜日になるんだろうな」
一際気だるそうな表情を浮かべた男が話し掛けてきた。
「おはよう、相沢」
整った顔立ちにそこそこ鍛えられた身体。相沢はサッカー部に所属していて、その明かるさからして女子に受けがいい。
入学時の席順が前後していたこともあって、学園に入ってから最初に仲良くなった男子だ。
「俺の方は練習試合でな。結構強い相手だったから疲労が抜けないんだ」
相沢は中学でも有名な選手だったのだが、推薦を蹴ってなぜかこの学園に入学した変わり者だ。
早速エースとして活躍しているようで、話題の大半はサッカー関連だったりする。
「んで、そっちは週末はどうたった?」
「……ああ。まあ、そこそこ釣れたよ」
「まじか、そんじゃ今日の昼飯は期待していいんだな?」
俺と相沢が仲良くなったもう一つの理由は昼飯にある。
週末ほぼ釣りに行く俺は、釣った魚を料理して食べているのだが、父親は食が細くてあまり食べないので晩飯だけでは消費しきれない。
揚げ物にして翌日の弁当に入れて持ってくるのが日課になっていたのだが、それを相沢に発見された。
せがまれて揚げ物を御裾分けしたところ気に入ったのか、俺が釣りが趣味ということを聞き出し、週明けには必ず釣果を聞いてくるようになった。
「それにしても、今一瞬、間があったよな? 何かあったのか?」
目ざといやつで、渡辺さんの姿が脳裏をよぎり言葉に詰まったのを見逃さなかった。
「……まあ、ちょっと、な」
ここで話をすると根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。月曜日の朝から体力を使うつもりはない。俺は相沢の攻めを躱し続けた。
「今日は天気もいいし中庭で食おうぜ」
相沢の誘いに応じ、俺は先に中庭へと向かっておく。
手に持っているのは白米が入った弁当箱と、揚げ物で埋め尽くされた大きめの弁当箱だ。
相沢は俺の分の飲み物を買いに食堂に行っているので、先にベンチを確保しておく。こちらが料理を提供する代わりに飲み物を奢ってもらうという、互いにWIN-WINの関係というやつだ。
穏やかな風を感じながら待っていると、チラホラと他の生徒も中庭へと集まってくる。
天気がよいと外に出たくなる気持ちは皆一緒のようだ。
「お待たせ。いつものお茶買ってきたぞ」
しばらく待っていると相沢が現れた。手には有名メーカーのお茶のペットボトルと自分が飲むための炭酸飲料水があった。
「そう言えば、炭酸飲むと骨が溶けるって迷信らしいな?」
お茶を受け取りながら何気なしに聞きかじった知識を口にする。俺が得る知識は釣り場で話し掛けてくる人たちが合間に呟くもの。特に裏付けを取っているわけではないが、暇つぶしに出た会話というのは当たり障りなく昼食を摂るのに適している。
「ああ、漫画とかだと炭酸を抜いたりして飲んでるのあったよな。まじか、今度先輩に教えてやろ」
相沢がベンチに腰掛けたのを確認すると、俺は間に置いてあった弁当箱の蓋を開ける。
「おおっ! 美味そう!」
黄金色に輝く衣と開かれた逆三角形、棒状の四角形、魚を丸ごと揚げた素揚げ状態、先日釣り上げた魚、アジとイワシとサバをフライにしたものだ。
「毎週揚げ物で飽きないのか?」
「馬鹿いえ、成長期の男子高校生だぞ。これ以上の料理はない」
弁当にする上で揚げ物は日持ちがよく適しているのだが、新鮮な魚は刺身や煮つけにしても美味い。個人的にはもっと色々な味を試して欲しいと考えなくはなかった。
「いやー、本当にお前の料理最高だな」
物凄い勢いで次々に揚げ物を食べる相沢。こいつはいずれ海にいる魚すべてを食べ尽くしてしまうのではないか?
そんなことを考えながら、自分のペースで白米とアジフライをちびちび食べていると、
「おー、相沢じゃないか。中庭で飯食ってるのは珍しいな」
違うクラスの男子生徒が話し掛けてきた。
その後ろには男女混合で何人かいて、その中に渡辺さんもいる。
「まあな、今日は天気もいいし。昨日の試合の疲れをとるために栄養補給だよ」
「昨日は最後まで競ったからな、相沢の四点目が決まるまではひやひやだったぜ」
会話を聞いた感じ、同じサッカー部員らしい。
「ところで、何だこの大きな弁当箱。全部揚げ物なのか?」
俺と相沢の間に置かれた弁当箱は目立つらしく、注目された。
「ああ、毎週、相川に作ってもらってるんだ」
「へぇ、凄いな……」
相沢は何故か誇らしげな表情をする。
「こいつの揚げ物は凄いんだぞ。身がぷりぷりだし、衣サクサクだし、魚の嫌な味が一切しないからな」
下処理に気を遣っているので当然だ。身に魚臭さが残らないよう酢でぬめりをとったり、血抜きをしたり、内臓をいち早く処理したり。
こと魚の扱いに関しては誰にも負けない自信がある。
「確かに、美味そうだよな」
男子生徒がゴクリと喉を鳴らす。俺はふと、後ろにいる渡辺さんの姿が気になった。
よく考えて見れば、この揚げ物になっている魚のうち何匹かは彼女が釣り上げたものなのだ。
自分が釣った魚なら食べてみたいの、少なくとも俺なら食べたいと思う。こうしてこの場に居合わせたのはチャンスではないか?
「よかったら食べてみるか?」
「いいのか?」
男子生徒は目を大きく見開くと俺に確認した。
「沢山あるし構わないぞ」
「サンキュー、相川だっけ? いいやつだな」
「まあ、当然だな」
何故か自慢げに腕を組み踏ん反りかえる相沢。
「何だこれ、家で食うのとは完全に別物だぞ!」
「まじかよ、相川。俺もいいか?」
「俺も俺も!」
「お前ら、あんまり食うな。俺のだからな!」
揚げ物に群がる男ども。この流れは予想通りでもある。
「女子もこれ食べてみろよ。凄い美味いんだぜ」
サッカー部員が振り返り女子にも揚げ物を勧める。そうすればおのずと渡辺さんも食べられるという寸法だ。
「えっと……それじゃ――」
渡辺さんが遠慮がちに手を伸ばそうとしたところ、
「ごめん、昼から揚げ物はちょっと」
「うん、男子はともかくねぇ」
他の女子二人がそう言うと、渡辺さんも手を引っ込めてしまった。
「私たちはいいから、男子だけで食べなよ」
その一言で、これまで以上の勢いで弁当箱の中身が消費されていく。
相沢やサッカー部員に他の二人が争うように食べるので自分の分を確保することすら難しい。
ピラニアのごとく食い荒らされた後、揚げカスがついた空の弁当箱がベンチに残されていた。
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