第4話 学園のマドンナは告白をされる
「今日はちょっと寄るところがあるからお先」
「おう、お疲れ。またな」
放課後になり、相沢と挨拶をする。
相沢は今日もサッカー部があるらしく、着替えが入ったバッグを片手に部室へと向かう。
一方、俺はというと図書室へと足を運んだ。
図書室に入ると、受付には司書の先生と当番の図書委員の女生徒がおり、黙々と仕事をしている。
金曜日の放課後ということもあってか、用事がない生徒は校舎にあまり残っておらず、図書室内は閑散としていた。
なるべく音を立てず息を殺して歩き目的の物を探す。
今回探しているのはキャンプに関する本だ。
元々、親父の影響で始めた釣りなのだが、そのお蔭もあってかキャンプなどアウトドア全般にも興味があった。
週末が生憎の天気なので家に籠って知識を蓄えるため借りに来た。
ふと、外を見ると曇り空が広がっている。この様子だと今の天気は長くもたなそうだと考えると、さっさと本を借りて撤収すべきだろう。
数分で選び終えるつもりが、思っていたよりも関連書籍の数と興味を惹かれる本が多く、一度に借りられる冊数に限りがあるため時間が掛かってしまった。
図書館を出て校舎裏から中庭にでるショートカットを利用しようと歩いていると、途中で話し声が聞こえた。
今から引き返すと時間のロスになってしまう。ここは何食わぬ顔で横を通り過ぎようと思い、どのような人物がこんな時間にたむろしているのかと、壁からこっそり顔を出した。
「だからさ、俺と付き合ってくれないか、渡辺さん」
そこにいたのは渡辺さんと上級生の男子生徒だった。
言葉の内容を聞く限り、彼女は放課後に校舎裏に呼び出され告白を受けているらしい。
モテるというのは知っていたが、まさかこのような場所に偶然居合わせることになるとは、盗み見していることもあってか気まずさが押し寄せてくる。
「申し訳ありません」
心の底から申し訳ないと思っている声で彼女は頭を下げた。
サラリと髪が揺れ表情が隠れてしまう。渡辺さんの性格からして、好意を寄せてきた相手に断るのは胸が痛む思いなのだろう。
悲しそうな顔をする彼女の姿を目にせずに済むことに少し心が落ち着いた。
「そっか、やっぱりそうだよな。うん、返事してくれてありがとう」
駄目で元々での告白だったのか、上級生はあっさりと引き下がる。俺は軽い笑いを浮かべる上級生に多少腹が立った。
告白をされた渡辺さんは罪悪感を覚えているというのに、上級生の方は断られる前提、受けてもらえればラッキーという軽薄さが言動からにじみ出ていたから。
互いに気安い関係ならばそれもありなのかもしれないが、渡辺さんは週末この告白を引きずる可能性がある。
振られた方の上級生の笑顔に無理をして振る舞っている様子は見られないので、明日には元気に週末を楽しんでいそうだ。
少しやり取りをして、上級生がその場を離れるのがわかった。
どうして、人は交際するのだろうか?
中学の頃から周りが変わり始めたのを感じていた。
一緒に遊んでいた男女が距離を置き、互いを意識し始める。
喧嘩していて反りが合わないんだろうなと思っていた生徒同士が翌日から付き合い始めたのを見て驚いたりもした。
俺自身もそう言った問題に巻き込まれたことがあるのだが……。
「「はぁ」」
俺の溜息と同時に声が聞こえる。考え事に夢中になっていた為、渡辺さんが立ち去ったか確認を怠ってしまっていた。
「あっ!」
壁から彼女が顔を出す。亜麻色の髪が雲の隙間から覗く夕日を浴びキラキラと輝いていた。
水晶のような瞳が俺をとらえ、形のよい唇が動く。
「もしかして、聞いてましたか?」
「ごめん。ショートカットをしようと通り掛かったら何やら重い雰囲気だったから……」
他人の恋路を覗き見るというのは良くないこと。ましてや、彼女は相手を振ったばかりなのだ。できれば知られたくなかっただろう。
文句の一つも言われる覚悟を決め、彼女の言葉を待っているのだが……。
「別に、こんなところにいた私たちもいけないわけですし、相川君が謝るようなことではありませんよ?」
ところが、彼女は首を傾けると、何でもないとばかりに笑って見せてくれた。
何となく流れで昇降口まで一緒に歩く。校舎にはほとんど人が残っていないのだが学園のマドンナと一緒の姿を目撃されたらと気が気ではない。
ましてや彼女は先程告白されたばかり。溜息が聞こえたことからして気落ちしているに違いない。
「そう言えば、校舎裏を通るなんて、どこに行っていたのですか?」
彼女は身を乗り出すと横から俺の顔を覗き込んでくる。
その距離の近さに一瞬動揺してしまう。
「ああ、ちょっと本を借りてきたんだよ」
「本ですか?」
鞄から借りてきた本を取り出し見せてみる。
「キャンプに興味があるのですか?」
「うん、まあ。今は無理だけどその内渓流があるキャンプ場に行く計画を立てたいなと思っていてさ」
「相川君は本当に釣りが好きなんですね」
口元に手を当て微笑む。これだから油断ならない。彼女と話しているとついつい自分のことを話しすぎてしまう。
きっと、渡辺さんがもつ柔らかい雰囲気と聞き上手な部分があるのだろう。
「まあ、あまり人に言うようなもんでもないけどね……」
釣りが趣味というのは積極的に語るようなことではない。中学時代も「お前の趣味変わってるな」と言われたりした。
なので、高校に入ってから俺の趣味を知っているのは相沢と渡辺さんくらいだ。
「だからさ、渡辺さんもなるべくなら広めないで欲しい」
内緒にしているわけではないが、あまり突っ込まれたくないのだ。
「わかりました。誰にも言いません」
彼女は口にチャックをするように指を動かすと、真剣な顔でそう返事をする。
「でも、私は好きですよ」
一歩前にでると彼女が振り返る。昇降口から差し込む光を背に笑った。
「釣りをしている時に波の音も、待っている間の無言の時間も、釣れた時の嬉しさも。楽しそうに釣りを教えてくれる相川君の笑顔も」
ひとしきりそう言うと昇降口に辿りつく。俺はBクラスで彼女はDクラスなのでここでわかれる。
ここから先は、部活をやっている連中もいるし、校門へと向かう生徒もいるので一緒に歩くわけにもいかない。
俺たちは、別々に昇降口を出ると別々に帰路へとついた。
「それにしても、あそこまで真剣に釣りを肯定してもらったのは初めてだな」
噂にたがわぬ優しさに、俺は彼女の週末が少しでも楽しいものになるように祈ることにした。
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