第47話 学園のマドンナは釣具店を見たい
「しかし、キャンプしてたのがまるで昨日のことのようだよなー」
「まあ、実際に帰ってきたのは昨日なんだけどな」
新学期早々、俺は相沢と顔を突き合わせている。
夏休みの間、散々遊んだばかりなのだが、こうして学校でも一緒に行動していることにあまり違和感を覚えなくなっていた。
周囲からは相変わらず注目されているようで、他の生徒がチラチラとこちらを見ている。
おそらく、久しぶりに見る相沢が日焼けしてさらに格好良くなっているから目の保養をしているのだろう。
始業式の間も、このような視線を感じたので間違いないはず。
「それで、夏休みの宿題は終わったのか?」
「俺のこの隈をみてそう思うか?」
相沢の顔には疲労が濃く残っている。夏休みの宿題を後回しにしてキャンプに参加したせいで、ほぼ徹夜で宿題を片付けることになったのだ。
「ほら、これでも飲んで目を覚ませ」
俺は購買の自動販売機で当たったカフェオレの缶をプレゼントする。
「おお、サンキューな」
相沢はフラフラとした手付きでそれを受け取った。
「にしても、どういう風の吹き回しだ?」
何か企んでいるんじゃないかと探りを入れるような視線を相沢は俺に向けてくる。
「人の善意は素直に受け取っておけよ」
俺はこれでも相沢に感謝をしている。本来なら宿題がやばいことを理由に断ることもできたはずなのだが、このグループの関係を維持するために参加してくれたのだから。
お蔭で、グループは無事まとまり、こうして俺は朗らかな気分で新学期を迎えている。
――ブブブッ――
スマホにメッセージが飛んできた。おそらく彼女からだろう。
「それじゃ、相沢。残りの宿題、頑張れよ」
俺は立ちあがると、早くメッセージの内容を確認したくて教室を出る準備をする。
「ええっ! この後昼飯くらい付き合ってくれてもいいんじゃないか?」
それはそれで魅力的な誘いなのだが、相沢にそのような余裕はないはず。
夏休みの宿題には提出日が異なるものがあるので、相沢が昨日終わらせたのは本日提出分まで、沢口さんも帰宅途中で「宿題終わんない! 相川っちのせいだ!」と恨めしそうな発言をしていたので、同じく終わっていないに違いない。
休みを満喫したツケを払わなければならず、二人は後数日は宿題に忙殺されるのだ。
「残念ながら、週末の釣りの準備をしなきゃいけないんでね」
俺は、相沢の恨みがましい視線を受けながらも教室をあとにするのだった。
「ふふふ、週末の釣り、楽しみですね」
上機嫌で隣を歩く彼女に多くの人間が注目をしている。
「そうだね、今のところ天気予報は晴れみたいだけど」
現在、俺は学園のマドンナである渡辺さんと肩を並べて歩いている。
目的は週末に釣りをすることになったので、そのための買い物をすることだ。
「うーん」
彼女は形の良い眉を寄せると、何やら不満そうな顔をする。せっかくの放課後デートなのに、何かやらかしてしまっただろうか?
「相川君、結局髪型整えてきてしまったんですね」
「そりゃ、まだまた暑いし……」
それに、渡辺さんとのデートなのだから野暮ったい髪型で恥を掻かせるわけにいかなかったというのは黙っておく。
「お蔭で、学園でも噂が立ってましたよ?」
「あー、陰キャの夏休みデビューとでも言ってた?」
夏休み明けに急に垢が抜ける一部の生徒のことをしめす言葉なのだが、渡辺さんという彼女ができ、身だしなみにも気を使い始めた俺は、まさにそれにあたる。
そのことについて、周囲が噂していたのだとしたら、あまり気持ちの良い話ではない。
「せっかく、格好いい相川君を独り占めしたかったのに……」
何やら渡辺さんは見当外れな心配をしているようだ。たとえ身だしなみに気を使ったところで、中身が変わるわけじゃない。珍しさで注目されているのかもしれないが、直ぐに皆飽きて他の話題に食いつくことだろう。
「独り占めも何も、俺は渡辺さんしか見ていないんだけど」
夏休みを一緒に過ごし、彼女しか目に映らないくらいには惹かれているのだ。
「そ……そうですか……」
渡辺さんはポッと顔を赤くすると太陽の光を浴びてキラキラ輝く亜麻色の髪を弄る。少ししてチラリとこちらを見るとまた目を逸らした。どうやら照れているようなのだが、その仕草がまた可愛らしくて、思わずじっと見続けてしまう。
「相川君、手を繋いでもいいですか?」
渡辺さんは周囲を見回すと、他に学園の生徒がいないことを確認し、手を差し出してきた。
ここは学園から電車で三十分は離れた場所なので、余程のことがなければ知り合いと遭遇することはない。
俺が無言で頷くと、彼女は「失礼しますね」と前置きすると俺の左手に自らの手を絡めてきた。
「わ、渡辺さん?」
手を繋ぐというから、軽めに繋ぐと思っていたのだが、彼女は指を絡めてきた。甘えるように指を常に動かし、こちらの反応を確認する様はスキンシップを求められているようでとても嬉しいのだが……。
「ん?」
「いや、流石にちょっと恥ずかしいかな……と」
これまで、外でこのように手を繋いだ記憶がない。
元々、俺も渡辺さんも恥ずかしがるタイプだし、人目を気にする人間なのだ。どうにか少し手加減をしてもらえないかと思い、提案してみるのだが……。
「駄目です。キャンプの間中我慢していたんです。今度は相川君が我慢してください」
そう言う割には耳が赤い。多分無理をしているのだろうが、聞き捨てならない言葉を彼女は言った。
「それ言うなら、俺も結構我慢してたんだけど?」
「そうなんですか?」
俺の批難の眼差しを受けて、横を歩く彼女は首を傾げる。
「俺だって、渡辺さんともっと触れ合いたかったし、頭を撫でたいと思ってたんだよ?」
万が一にもあの三人――特に相沢にバレるわけにはいかなかったので、妖しい動きは一切できなかったが、何度彼女のことを抱きしめたいと考えたことか。
「そ、そうですか? では、相川君も我慢しないで……どうぞ」
そう言って頭を肩に乗せてくるのだが、周囲の人間の視線が俺たちに突き刺さっている。
サラリーマンが多い都内で制服姿の高校生の男女がイチャついているのだ。目立たない方がおかしい。
「い、今は買い物をするのが先だから……」
俺は彼女の誘惑を断ち切ると、渡辺さんは目をぱちくり動かし、周囲を見て納得した。
彼女は口を手で覆うと俺に顔を近付ける。形の良い唇が視界に飛び込み、ふわりとシトラスの香りが漂い鼻腔をくすぐった。
「では、この続きは相川君の家でしましょうね?」
「それはそれで、勇気がいるな」
この後、家で食事を作ってゆっくりすることまで予定に入っているのだが、改めて「イチャイチャしましょう」と宣言されてしまうと、手を出しすぎないようにする覚悟がいる。
「それで、週末に釣りに行く魚についてなんですけど……」
会話をしながら釣具店へと入って行く。
「ああ、うん。今回はカワハギ狙いね」
渡辺さんは話題を切り替えると、釣具コーナーを見回した。
「凄い数の仕掛けがありますね。それぞれの魚に対する専門のコーナーまで」
「うん、各メーカーさんが、どうすれば釣れるか色々と研究しているからね。時期や場所によって適正な仕掛けがあったりするから」
選ぶのが割と大変なのだ。
「どんなのを選ぶんですか?」
「カワハギもそうなんだけど、餌をとるフグは歯が強くて直ぐに針が曲がってしまうんだ。だから針を付け替えられるタイプの仕掛けを買っておこうかなと」
俺はそう言うと、売り場から対象の仕掛けをピックアップする。
「今回の、カワハギってエサは何を使うんです? また虫でしょうか?」
一瞬、渡辺さんの表情が変化する。自力でつけられるようにはなっているが、生きて動く餌を針に賭けるのは苦手らしい。
「カワハギはアサリで釣るんだよ」
そう言って冷蔵庫の中にあるエサを指差すのだが、ここでの購入は見送る。
代わりに、餌に漬け込む釣液を購入する。
「餌はここで買わないのですか?」
渡辺さんは不思議そうに首を傾げると聞いてきた。
「ここで買うと高いし量もすくないから。カワハギ用のアサリは業務スーパーで売ってる大量のやつがお得なんだ」
学生らしく、なるべく安い物を利用するつもりだ。
「そう言えば、お昼何を食べようか?」
仕掛けを買った後は、家に行って食事を作ることになっている。俺は渡辺さんが何を食べたいのかリクエストを聞いてみるのだが……。
「今の話を聞いていたら、なんだかアサリを食べたくなってきましたね」
彼女は口元に手を当てると、考え込み、そう言った。
「じゃあ、ボンゴレでも作ってみる?」
「ええ、カワハギの前に私たちで試食してしまいましょう」
渡辺さんは楽しそうにそう言うと、横から覗き込んでくるのだった。
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